☆
ほどなくして、少女の体を蝕んでいた症状が治まり柚葉はその腕から出していた治癒の光を止めた。
「ふぅ――」
「おつかれさん」
「あぁ……」
光を止めた瞬間、柚葉はその場に倒れ伏した。
「つかれた……」
「ったりまえだ……これだけ長い間ヒールをかけ続けて倒れない方がどうかしてる……」
「けど……やりおえた……守れたんだ」
安堵感からか微笑を浮かべる柚葉に、飛鳥はにこりと笑って答える。
「あぁ…守れたんだ、今までがどうであれ……お前はこの子を救えたんだ」
「……そうだな」
微笑を返しながらも、柚葉の胸は不安でいっぱいだった――
(さっきの……この少女の俺を見た瞳は憎しみが込められてた……)
先ほどこの少女が自分の名を呼んだときの瞳は、明らかに憎悪の感情が込められていた。
(もしも……この少女が、雪音姉さんの言っていたゆきのだとしたら……)
考えたくはなかった、だが、目の前で気を失っている少女を見るとそうも言ってはいられなかった。
(姉さん――あなたにはまさか、妹がいたんですか……?)
もしも、その通りだったとして、この子がそれなら……
(憎まれても……当然だな)
☆
暖かい……誰かが手を握ってくれてるのかな……?
そういえば昔……私が風邪を引いて寝込んでるとき……いつも手を握っていてくれたっけ――
大好きな……お姉ちゃん……
ゴソリという音を立てて少女は目を覚ました。気を失うまで感じていた体中の痛みは消えており、服からのぞいていた傷口もきれいに消えていた。妙な感触を覚えて左手を見ると、そこには見たことのない男が自分の腕を握って座り、寝ている姿があった。さっき感じた暖かさはこれだったんだなと思いながらも周囲を見渡すと、すこしはなれたところにもう一人男が転んで眠っている。ぼーっとする頭を必死に起こし、握られている手を離させる。すると握っていた男が目を覚ました。男は近くにおいてあった眼鏡をかけてから「起きたのか?」とだけ呟いた。
「あなたが……助けてくれたんですか?」
「あぁ……これでも一応プリーストだからね」
「起きるまで……ずっと手を握ってくれてたんですか?」
「あぁ……俺を弟のように可愛がってくれた女性が、熱を出したりして俺が寝込んでいるときに必ずそうしてくれていたからな……」
そういって男は近くにおいてあった薬草を少女に投げてよこした。
「一応傷口はふさいでいる。だが、あまり派手に動くと危ないかもしれない……普通の傷じゃなかったものだからな」
少女は、男にいわれるがままにその薬草をお湯に浸してから口に含んだ。体の中が火照って暖かい感じがしてくる。先ほどまで感じていた寒さも、少しずつ和らいでいった。
「君……名前は?」
「雪乃といいます……見たままアコライトです」
「そうか……」
少女は戸惑いながらも、自分の名前を正直に名乗った。
「まぁ……なんでアサシンクロスに、なんてことは聞かない。いいたかったら言えばいいけどね。そんなことよりも――人に名前を聞いておいてこっちが名乗らないのは礼儀に反するかな」
「礼儀をいうなら……先に自分から名乗るべきじゃないですか?」
「痛いところをついてくるな……」
柚葉の発言に対して、遠慮をするわけではなく真っ向から返してくる。そんなところを見るとますます雪音に似ているなと柚葉は心の中でそう思った。
「まぁ、それだけ言えればもう体のほうも大丈夫だろう。俺が礼儀を欠いていたのもたしかだからな――」
「……」
柚葉の台詞に、雪乃はすこし困ったような表情で柚葉を見つめた。同時に、なぜかこの男の名前だけは聞きたくない……そんな予感がした。それは雪乃なりのシックスセンスだったのかもしれない……
「俺の名は――」
でてくるな……その言葉が雪乃の頭の中を満たす。
「俺の名は柚葉だよ」
小さな風と共にささやかれたその名前は、雪乃にとってとても大きな意味を持った名前だった……
「あなたが……柚葉なんですか?」
「そうだ――」
自分の傷を癒してくれた――
自分の手を優しく握ってくれた――
この人が……
「あなたが……私のお姉ちゃんがかばったっていう?」
「雪音姉さんの事を言っているのかな?まぁ……あれがかばった事になるのかどうなるのかはわからないが……、雪音姉さんが死んだあの日、共にいたのは俺だ――」
今までずっと憎んできた……
柚葉――
ザザッという風が吹き、周囲の草木が音を立てて揺れた……
それとほぼ同時に――
「私はあなたを許せない。殺してやる」
少女の声が、周囲の空気を小さく満たした……
「そうか――」
雪乃の言葉に、柚葉は寂しそうな顔で答えた。
「殺したい……か、それならば殺せばいい。それで君の心も満たされるんだろう?」
「そんな言い方したって……だめなんだからっ!私は……私はあなたを殺すためにここまで旅をしてきたんだからっ!」
「俺は……君を改心させて生き抜こうなんて気持ちでこんな台詞を言っているわけじゃない。よく本なんかでその言葉で相手を感動させて生き残る……なんていうシーンがあるが、俺はそんなマネをしたいとは思わない――」
柚葉の発言は常に冷静を保って冷ややかに言っているように感じたが、どことなくその表情に寂しさを落としているように雪乃は感じた……
「ここくらいでいいかな?」
少し雪乃から離れた位置で停止した柚葉は、雪乃の足元に向かって小さなナイフを投げた。ヒュンという音を立てて空中に弧を描いたナイフは、雪乃の足元で地面にその刃をうめ停止した。
「そのナイフで俺の心臓を刺せ……避けるつもりはないから――」
「……」
雪乃は一瞬躊躇しながらもそのナイフを拾い、両手でナイフの柄を握り締めて柚葉に向かって走った。そのとき――
「姉さん……この子に殺されていけるなら――」
そう小さく柚葉が呟いたのが雪乃の耳に届いた……