☆
不思議と懐かしい感じがした……、同時にそれを見たいという好奇心に似た感情が心の中を満たしていた。一歩、また一歩と近づいてくるその存在は、あまりにもとぼけたような姿で柚葉達の前にその姿を出した。
「――女の子?」
森の奥から姿をあらわした少女を見て、飛鳥はたまらず声を漏らした。
小柄な身長に氷のような深く青い瞳、雪を思わせる透き通るような白い肌、青空を絵に描いたような美しい水色の髪。そのすべてがとても印象的で、また美しかった。まだ幼い外見と小柄な身長から、年齢は十五・六といったところだろう。全身を白っぽいローブで覆っている姿で、服装からアコライトであることが分かる。
「雪音姉さん――?」
あっけにとられている飛鳥を横目に、柚葉は声を漏らした。それにたいし少女は、「あなたはだぁれ……?」とまのぬけたような声で呟いた。
「私は…お姉ちゃんじゃないよ…?」
そう一言だけいい、少女はその場に倒れ伏した。
「ぅおいっ、大丈夫かよ!」
その様子に、飛鳥は少女に駆け寄りその体を抱きかかえた。そして――
「ゆず……これって」
「ん?」
飛鳥が示した先には、他の場所と同じ白い肌ではなく、黒ずんだ痕があった。
「襲われた後……ってことか?」
よく見ると少女の体中に様々な傷があり、打撲のようなものだけではなく刃物で斬りつけたような傷痕もあった。服も所々破けていて、そこから白い肌が露わになっている。特に背中の傷は大きく、いまだに血が流れ出ていた……
「我……彼の者の傷を癒さん、ヒール!」
柚葉はできる限りやさしく少女に触れ、その腕から治癒の光を放った。少しずつ少女の体を蝕んでいた傷口が癒されていき、少女の顔色もよくなっていく。少女の傷が全て塞がった事を確認してから、柚葉はその腕の光を止めた。
「ふぅ――」
飛鳥に少女を転ばせるように指示してから、柚葉は腰を下ろした。そして空に昇った月を見つめながらポツリと声を漏らした。
「お姉ちゃんじゃない……か」
「ん?」
突然少女の言葉を復唱した柚葉を、飛鳥は怪訝そうな表情で見つめ返した。
「この子は……一体何者なんだろうな――」
そう呟いてから、柚葉は自分の想いを振り払うかのように黒い夜の闇に浮かぶ月を見つめた……
☆
「お姉ちゃん、どこ行くの?」
「え、雪乃?」
「えへへ〜、ついてきちゃった」
――いつも振り返ればそこにいた
「だめじゃない、お母さんも心配してるわよ」
「やだ、お姉ちゃんと一緒がいい」
「……しかたないな、今日だけよ」
いつも……私を見てくれてた……
――それなのに
「……死んだ?」
「アサシンの仕業だって……、雪音はね、大切な人を守って……死んだって」
「うそ、お姉ちゃんが死んだりするわけないもん」
信じれなかった……
信じたくなかった……
私のそばから……お姉ちゃんがいなくなるなんて
「…守った?誰を?」
「雪音が――本当の弟のようにかわいがっていた男の子らしいわ……」
「そいつのせいで……そいつのせいでお姉ちゃんが」
憎い……そう思った――
私から……すべてを奪った――
柚葉という男の子が――
☆
「飛鳥、包帯を、あるだけだしてくれっ」
「あ、あぁ」
声が聞こえる……?
「どうなんだよ……この子の容態は」
「まずい……気づかなかった……。俺はさっきこの子の傷をみて、さきほど俺達が襲われたようにオークや別の魔物にでも襲われたのだろうと思った。だがこの傷は――」
「なんなんだよっ!?」
だれだろう……男の子?知らない声――
「この傷は……まちがいなくアサシンクロス(上級位アサシン)だ」
アサシンクロス――それは、暗殺者であるアサシンの転生職者にのみ掲げられる称号で、上級位アサシンともよばれる。アサシンの職業に就いたものが、尋常ではないほどの経験をつむ事によってその職業をマスターした際に、神々の国ヴァルハラにおいて魂の選定者ヴァルキリーに認められ転生をすることでその職業につく事が許される。いわばアサシンの中でも特別なエキスパートである。また、アサシンクロスには他の職にはない特別な力を持っており、聖職者であっても癒す事のできない傷をつけることができる。それによって付けられた傷口は聖職者のヒールをもってしても完全に塞がることはなく、長時間わたって相手の体を蝕む。それを癒す方法は――
「傷を癒すには……この症状がやむまでの間、延々と傷口にヒールを当て続けるしかない……」
「まてよっ、そんなのいくらお前でも一人じゃっ」
「けど……けどそれでもっ!」
あたたかい……光……?
「死なせるもんか……俺の目の前で……もう二度と姉さんと同じ死なせ方なんてさせるもんか」
お姉さん……?
「責任を感じてるのか?ゆず……」
ゆず……?
「そんなのじゃないさ……けど、俺は助けたい。今度こそ……雪音姉さんと同じ人を作りたくはない」
雪音……?
お姉ちゃん……?
「あなたは……柚葉?」
「え、そう……だが?」
目の覚めた少女の突然の発言に、柚葉は驚きをかくせないでいた。
「なになに……?ひょっとして気まずい雰囲気ってやつ?」
はりつめた空気に、嫌気がさしたのか飛鳥が二人の間にわってはいった。が、そのとたん
「ぅふぅあ」
少女は、突然声にならぬ声を叫び、暴れだした。
「まずいっ!飛鳥、口になにかを。舌を噛んじまう!」
柚葉の叫び声に、飛鳥は自分の腕を少女に噛ました。その瞬間を見逃さず、柚葉は開いた傷口にヒールをかけた。数秒が経ち、少女は少しずつその体の動きをとめた。
「……ったく、油断も隙もねぇな」
体の動きが、完全にとまったのを確認してから飛鳥は、噛まれて血の出た自分の腕を口からどかした。