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「だが、俺は死刑になることはなかった……聞くところによると、ノエル様が俺のために国王陛下に直に頼み込んだらしい……俺のこれまでの功績を立ててくれとな――」
最後に、コレが全ての真実だと付け加えて柚葉は会話を終了した。
周囲に、重く沈んだ空気が満ちる――ある者は目を閉じ、ある者は唸るように伏せ考え込む。言葉ひとつない沈黙が続く中で、飛鳥が口を開いた。
「ゆず……流れはわかったけど、今はどうなんだ?」
ゆっくりと、言葉を選ぶように語り掛ける飛鳥は、どこか寂しげな表情をしている。
「お前が死を……ずっと望んできたのは知ってる。けど、今はどうなんだ?まだ死にたいと思っているのか?」
今にも泣き出しそうな悲しげな顔で聞く飛鳥に、柚葉はどう言えばいいのかわからなくなってしまった。それは、望んでいるというのは間違いだが、望んでいないというには矛盾していると思える今の状態がそうさせたのかもしれない。
「……俺は、今でも望んでいると思っていた。あの時まで――」
瞳を閉じれば思い出す、目の前で死んでいった二人を。だが、それでも……
「あの時、ドッペルゲンガーと対峙し、雪乃やみんなに救われた俺は……気づいたんだ、生きていたいと望んでる自分に――」
「ならなんで……なんでだよ!なんでいまノエル様にそれを言わなかったんだよ、あの人や翼なら……お前を信じてくれるはずだ!」
声を震わせて問いかける飛鳥の瞳は、まるで泣いているように見えた。こんな姿を見るのは、これで二度目だ――。以前、雪乃と出会った日に見た怒りに震える飛鳥は……同じように声を震わせ、泣いているような目をしていた。それを思い出すと、どれだけ飛鳥が自分の事を想ってくれているかがわかるような気がする。
だからこそ、その想いに本気で……本当の言葉で、応えなければいけないと思った。
「俺は……もう、教会に戻りたくないんだ」
「え……?」
「こうして雪乃が……飛鳥が……大切な仲間がいる今が、幸せだから――」
教会に戻れば、そこにあるのは安らぎであり、幸せだろう。
それは、親を知らぬ自分に与えられた無償の愛であり、それに嘘をつき……手放した全てなのだ。
「どんなに、教会で神官長になったとしても……手に入らないもので、罪人の烙印を押されようとも、失いたくないものなんだ」
雪音がくれたもの。それでも、奪われてしまったもの。奪われてから手に入れようとしても……手に入れることのできなかったもの。
その全てをくれた仲間と言う存在を、失いたくなかった。
「だから……許されるなら、皆と共にありたい――。罪人の友人として、人から後ろ指指されることになるだろう……それでも、共にあることを許してくれるなら――」
本心だった……
柚葉にとって、ここにいる仲間は、他の者を全て犠牲にしてでも……共にありたい思えるような存在になっていたのだ。
「私は……」
そこで、それまで黙っていた雪乃が口を開いた。
「私は、ゆずの傍にいたい……たとえ、人殺しの妻と呼ばれたとしても……貴方のお嫁さんになりたい」
その瞳には、小さな雫が浮かんでいた。その姿が愛しくて、抱きしめてしまいたかった――
「ありがとう……」
だが、口から出たのは月並みな言葉……つくづく自分は情けない男だと思いながらも、柚葉はそっと……少女の髪に手を触れた。まるで澄んだ青空のように美しい髪が、日の光を浴びて優しく輝く。その髪が……幼き日に憧れた最愛の人と重なり、これでいいのか?と問いかける。
それでも、この少女を愛しく思う自分に間違いはないように思えた。
だからこそ、教会をきることさえ……苦痛とは思えなかったのだ。
「なるほどね、だったらうちにも教会に帰れとはいえないわね」
不意に、背後から声が聞こえ、皆の目が一斉にそちらに向かう。
そして、一瞬光が放たれたかと思うと、ノエルがその場に姿を現した。
「……聞いてらしたのですか」
「うん、一応……神父様からも言われてたしね。それ以上に……うちが真実を知りたいと思ってたしさ」
「……」
悲しいのか、寂しいのか……よくわからない暗い表情で微笑むノエルが、妙に痛々しくて……柚葉は、そっとうつむいた。
「でも、うちにも……したいことがあるよ?」
「……?」
「教会には戻らなくていい、でも……事件のあらましくらいは、王と神父に話したい。ゆずはそれを望まないかもしれないけど、うちは……うちは、したい」
親に精一杯の抵抗をしようとする子供のように、ノエルが話す。その言葉を受け止めながらも、はっきりと答えを出すことのできない自分は情けないと思う。それでも、柚葉にとって……絶対などというものはなかったのだ……
「俺は、何もいえません……」
「……」
「ですが、ノエル様が……それをしてくださると言うなら、俺は嬉しいです」
それが、柚葉から言える精一杯の言葉だった。
それに対し、ノエルが……何かを言おうとしたとき、人の気配を感じて振り返った。
「ノエル、柚葉、飛鳥、雪乃、以上四名。至急教会まで来ていただきたい」
そこには、焦燥の色を落とした翼の姿があった。
「……何が起こったんですか?」
「ここですべきではない会話ゆえ……あちらで」
ノエルの質問に対し、明らかに焦りの表情で返す翼に、それ以上の質問はできそうにない。
「……わかりました。それなら俺たちも行きましょう」
静かに柚葉が返して、飛鳥と雪乃が頷いた。
そこで、急いでくださいとだけ言い、即座に振り返った翼を追って歩き出そうとした柚葉に、優哉が声をかける。
「ゆず、いつでも帰ってこいよ」
「え……?」
「ここには、お前の場所があるんだからさ――」
ゆっくりと……それでいてはっきりと告げられた言葉に、柚葉は力強く頷き……その場を後にした――
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「面倒なことに……なりました……」
教会についた五人に、神父が重い口を開いた。周囲を見回すと、数十人のアコライトやプリーストが囲んでおり、神父の横には神官長であるシアの姿がある。そのどれもが焦燥の表情で押し黙っており、口を開こうとはしない。
「何が起こったのですか?」
耐え切れなくなったか、ノエルが事のあらましを尋ねる。
「フェイヨン地下寺院にて……月夜花が覚醒しました」
「ヤファが……?そんな……早すぎる」
月夜花、一般的にウォルヤファと呼ばれる特別な魔物が、フェイヨン地下寺院には存在する。
だが、月夜花は一度倒され眠りにつくと、約3年の間は覚醒しないものなのだ。それが、此度はその半分の年期も取っていないというのに覚醒してしまったのだという。
「先日は、ゲフェンタワーの地下において……ドラキュラとドッペルゲンガーが復活した。このことについては、柚葉……あなた方のほうがよくご存知ですね?」
「……ええ」
先日、ゲフェンへ向かって柚葉達によって退治されたとはいえ、ドッペルゲンガーやドラキュラといった高位の魔物が立て続きに覚醒しているというのは、確かにおかしい……
「何がかはわかりません……けれど、たしかにこの世界で何かが起こっています。翼、貴方の最も信頼する者を連れ、月夜花の退治と異変の調査を命じます」
「御意……」
神父が短く言い放った命を、静かに翼は返し柚葉達の方を振り返る。
「私に力を……貸してほしい――」
紡がれた言葉と、あまりにも急すぎる展開に……柚葉は、ただただ聞き入る事しかかできないでいた――