人を好きになるってことは――ひどく簡単なことだ……

 でも……嫌いになることっていうのは……どれほどに難しいことだろうか――

 

 人を好きになるということは……とても、いいことだと思う……

 たとえ……その相手がどんな相手だったとしても――

 

「うそ……だ」

 ノエルがいなくなり、しばらくして部屋の中に、複数の男達が入ってきた。その男達には見覚えがあり、全員が教会所属のプリースト達だった。

 彼らはこちらに気づいていないようで、口々に俺に対しての文句を言っている。

 恐らく、先日俺が殴った者達以外の、華煉に対し暴行を加えていた者達なのだろう。

 そして……その者たちの中に、翼の姿があった。

「翼……?」

 もう一度、考え直してみる。先ほどノエルがこの部屋を出たのだから、まだ朝だろう……少なくとも、幻想のはびこる夜ではないはずだ。

 つまり、目の前にいる翼は実物である。

 しばらくして、翼は壁側に立ち、男達を見守る形になっていった。

 何が起こっているのかすらわからぬまま、俺はただただその姿を見つめていた。

 程なくして、聞き覚えのある呻き声が聞こえてきた。それは、か細く……今にも消え入りそうな声。

 二人の男に引きずられるようにして、部屋の中に一人の少女が入ってきた。その姿を確認した男達の中で歓声が上がる。

 その少女にも、見覚えがあった。

 思い出の中にある、最愛の女性によく似た青空のように真っ青な髪。サファイアのようき輝く瞳。雪のように白く透き通るような肌……

「か……れん……?」

 目の前に連れられている少女は、いまは自分の部屋で療養しているはずの華煉だった……

「翼様、それじゃぁはじめてもいいんすよね?」

 そこにきて、男達の一人が翼に声をかける。その口元には厭らしい笑みが浮かんでおり、その姿を見るだけで目眩がしそうだった。

「あぁ、神父の許可も得ています。後は彼女の証言があれば罪は立証される……なんとしても聞き出しなさい」

「へへへ……了解しました」

 連れてこられた少女が、その場に無作為に落とされる。

 そして――

「いやぁぁぁあああ」

 声にならぬ叫び声をあげる少女に、男達は一斉に覆いかぶさった。

 力任せに服を破り、露になった体に……

 その光景は、あの日見たソレと同じだった……ただ違うのは、目の前に翼が立っているというだけのこと。

「な……うそだ……」

 俺の口から、思わず声が漏れる。

 確かに、俺の目の前で翼は男達に指示を出した。

 俺が唯一認める男……俺にとってのプリーストそのものであり、姉さんのいない今となっては、教会そのものである男が――

 そうこうしている間にも、男達は少女の体を貪り、嘲笑めいた厭らしい笑みを浮かべながら「いい加減楽になれよ」などという言葉を言い続けている。

 もはや……理性など保てるはずがなかった――

「ふざけるな!翼!」

 俺は叫び声を上げながら……結界の外へと出ていた――

 

 

一瞬、目の前が真っ白になるような気分だった。

 まるで、光の中に突っ込んで行ったかのように、周囲が金色の光で満ちていて、とてもあたたかかった――

「おめでとう、柚葉」

 ようやく視界がはっきりして、目の前に立っていたのは、三人の神官長と神父。

 その中の、ノエルがこちらに向かってきて、優しく抱きしめられる。

「ゆず……ゆず、ほんとによくやったね」

 ノエルの瞳から小さな雫が零れ落ち、俺の肩に当たる。それはとても暖かくて、優しい感触がした。

「これは……どういう……?」

 いまだ状況が理解できていない俺は、戸惑いの声を漏らす。それに対し、優しい微笑みを浮かべる翼がゆっくりと口を開いた。

「もともと、この試験は二日間の試験と最終日の試験とに別れていたんだよ」

「え……?」

 もはや、なにがなんだか分からなくなりつつあった。それでも、翼の言葉が優しくて、ほとんど何も考えられなくなり、ただ言われるがままに聞き入る形となる。

「二日間の試験は、君の意思と思いに対する試練だった。これは、試験の最初に述べた通り……君が耐えれるかどうかを見させてもらった」

「ただし、この場所で君の見ていたモノは昼夜問わず全て幻だけどね」

 シアが言葉を付けたし、ゆっくりと語られていく。

「だが……この試験の本題は、最終日。つまり、先ほどの試験にあった。雪音さえも拒絶し、目の前まで自分の目指す世界が来ていたとしても……他者を犠牲にしてまでその世界へといくのではなく、自分を犠牲にしてでも他者を守れるか否か……」

 他者……つまり、目の前で傷つき、陵辱される華煉を助けるために自分の道を閉ざすことをできるかどうか……

「分かっていると思う……それでも、もう一度思い出してほしい。我々聖職者の本分は献身の心にある……自らを犠牲にしてまでも、己の大切な人を助けること。それが治癒の力だ」

「己の……大切な人――」

 その言葉を聞いた瞬間、雪音の言葉が頭の中に浮かんだ

 

 ゆずだけは死なせたくない――

 

 そのために、姉さんは命を懸けた……

 自らが死ぬことも恐れず、俺のためにその命の全てを差し出したのだ――

「雪音が望んだ世界、それはきっと……今の教会とは違うのかもしれない。それは、教会という組織がカンペキなものではないからだ――」

 そう、神の名の下に行われる行為は、決してその全てが正しきものではない。それでも……

「それでも、その中で生きる他者を守りたいという意思はきっと本物だと思う」

 たとえ、どんなに醜い世界であったとしても。雪音のくれた愛情は、翼のくれた強い心は、ノエルのくれた温かい優しさは、本物なのだ……

「だからこそ、君に思い出してほしかった……もう一度、世界を守れるほどに、その才能を羽ばたかせるために」

「世界を……守る……」

「そう……君に、世界中の聖職者達の中で最も正しい力の象徴となってもらうために」

 そこにきて、それまで翼が話すのみで一切口を開こうとしなかった神父が俺の前に立った。その姿はとても大きく、優しく感じた。初めて会ったその日から、時に父のように、時に友のように。この人は俺を育ててくれていた。

「柚葉……貴方に、光あらんことを」

 ゆっくり、俺の前で十字をきった神父が、俺の体に触れた瞬間……暖かい力に包まれるような気分になり、俺は聖職者としての階段を一つのぼった……

「そして、このときより……プリーストとなりし柚葉よ、貴方に名を差し上げましょう……」

 その言葉を合図に、三人の神官長が神父の後ろに整列し、祈りを捧げる体勢をとった。

「主よ……我らが友が、我らを照らす光となることをお許しください――」

 その言葉にならい、神官長たちが復唱していく。

 

「新たなる神官長……守護の神官長・柚葉に祝福あれ――」

 

 光が差し込み、俺の体を優しく包み込んだ――



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