☆
「ゆず、君の処分が決まったよ」
次の日の昼過ぎ、俺は翼に呼び出された。そこには、翼・ノエル・シアの神官長三人と、神父の姿があった。
「この四人で話し合い、決めた内容だ。他者には一切の文句は言わせない」
「はい……」
翼の顔は、いつもと変わらない優しい表情ではあったが、どこか震えるような口調で喋るその姿は大切なおもちゃを奪われた子供のよう。
ノエルとシアはと言えば、少しうつむいて悩んでいるようにも見える。だが、その表情は悲しみを帯びてはいない。
「コレより、君には特別な試験を受けてもらう」
「試験……?」
翼の口から放たれた意外な言葉に、俺は小さな疑問が浮かぶだけだった。それでも、肩を小さく震わせるノエルを見ていると、心の中に不安が落ちる。
「そう、華煉と二人でね」
その言葉に、俺は一瞬目眩が置きそうになった――
昨日まで、長い間残酷な行為を強制的に受け続けていた少女を、自分の試験に連れて行くなどという行為は、決して納得できるような事ではない。そして、それには……理由もあった――
「できません……」
俺は、そう言うしかなかった。
翼達はまだ、華煉がどういう状況にあるかを知らなかったからだ。
「何故だ?」
「華煉はいま……何かをできる状態ではありません」
華煉がそのとき、どういう状況にあったか。分かれば言うはずがないと思っていた。だからこそ、俺は決してやってはいけない選択をしてしまったんだ――
「華煉を……見てあげてください……そうすれば、分かってもらえると思うから」
その言葉を聞いて、その場にいた四人が全員立ち上がり、俺の部屋へと向かった。そして、そこで……俺達が見た華煉の姿は……
どこを見るでもなく、ただただ虚ろな瞳で虚空を見つめる少女。その身体は痩せていて、力なく放られた腕がまるで人形のようにその場にたれている。時折ビクリと身体を痙攣させる以外、殆ど動くこともなく。声にならない、喘ぎにも似た声が絶えずその口からは出ている。まるで生命を感じない、抜け殻のようなその姿は……まるで人形のよう。
だが、俺達が近づき、足音と気配を感じる距離まで行ったところで、少女の容態は急変した。
声にならない叫び声を放ち、まるで怯えた羊のような顔で地面を這い、俺達から逃げるように必死に身体を動かす。だが、その身体は言うことを聞いてはくれない。それでも、動かない足を引きずり、なんとかそこから逃れようとするも少女の身体は殆どその場所から動こうとはしなかった。
懸命に「こないで、もうやめて」と泣きながら訴えるその姿は、まさしく行為が少女に与えた痕だった――
その姿を目の当たりにした者達は、一同に声を失い、ただただそれを見つめることしかできなかった――
その場を離れ、再び元の部屋へと戻った俺に、四人は何も喋れないでいた。
「やはり……柚葉の選択は間違いではなかったのかもしれません」
しばらくたち、神父がようやく重い口を開いた。ソレに対し、神官長三人も静かに首を縦に振った。
「あの時に……止めていなければ、恐らく彼らはこれから先も行為を続けていたでしょう。そうしなければ、罰されるのは自分達だからです」
ゆっくりと、言葉を選ぶように翼が続ける。
まさに、その通りである。一度でも行為を行ってしまった時点で、少女が何の罪もない人間であってもらっては困るのだ。
なぜなら、彼らは行為を行ってしまった。相手が罪人であれば、その行為の意味を立証できる。だが、それができなければ……今度は、罪無き人間に対し卑劣な行為を続けたとして今度は自分達の立場が危うくなるのだから……
それはつまり、あの少女が犯していない罪を認めるか、あるいは死んでしまうまで行為を続けるしかない……ということである。
そして、すでにあのような状態になるほどまでになっていた少女ならば……時を待たずとも、時期に少女は後者の道を進むことになっていただろうから……
逆に、前者であったとしても同じことである。罪を認めた時点で、己の行いを隠すためにも……アンシャンデルを用いて彼らは少女の命を奪っていただろう。神の粛清と称して……
「そうなってしまえば、もう……私達には分からなくなっていた」
翼が嘆くような声で呟いた。
「では、神父様。現状では彼女を使っての試験は難しいと考えますが……いかがいたしましょうか」
そこにきて、それまで黙っていたノエルが口を開いた。
「そうですね……」
周囲に、重苦しい空気が漂う。
「仕方がありません……ですが、試験は行わざるを得ない状況です。柚葉、あまりにもきつく過酷な試験ですが、一人で挑む勇気はありますか?」
「華煉を……連れて行かなければいけないよりは、はるかにマシです」
その言葉に、その場にいた全員が「さすがだな」といった表情になった。そして、口元に小さく微笑みを浮かべた翼が俺の横に来て
「それなら、私は君を信じよう……」
頭に手を当て微笑んだ。俺の師……姉さんと共に、俺が認める絶対的な存在。現実を見て全てが信じられなくなった今ですら、唯一信じることのできる聖職者……
「行こうか、試験に――」
☆
俺が連れられていったのは、教会の地下だった。先日降りた場所とは違う場所で、始めてくる場所だった。
「いいかい?ゆず、これから受けてもらう試験は非常に厳しいものだ」
「……はい」
「今回の処罰として、君はこの試験を受け、合格したならばプリーストへと転職。できなければ教会からの追放という形になることを覚えておいてほしい」
言われたことを頭の中で復唱する。つまり、プリーストへの転職試験が通常の者よりもはるかに厳しい物をさせられる……ということだ。それも、一度で受からなければ教会を追放されるという……
だが、アレだけのことをしておいてこれならば、確かに罰としては軽い物であるように思えた。少なくとも、このときには。
「いいかい?これから先、目の前に起こること、現れる者は全て現実である……」
「現実……?」
「あぁ、そうだ」
わざわざ現実と言う言葉を使うあたり、多少引っかかる部分もある。
「多くの魔物、多くの悪夢が目の前に現れる。その全ての現実を受け入れる強さを持っているかを試す!」
そこまで言って、翼は不思議な石を俺の足元に落とした。その瞬間、その石が突然光を放ち、自分を中心に円が描かれた。
「その石は、大魔導師シウスの作り出した特殊な結界だ。その結界の中にいる者は、いかなる攻撃も受け付けることはない。言ってみれば、我々上位聖職者の使うバジリカを具現化したものだ」
バジリカとは、上位聖職者であるハイプリーストのみが使える魔法で、周囲に聖なる結界を張り、その中にいる者をこの世に存在するいかなる行為からも遮断させる力を持つモノである。
「これから三日間の間、君にはその中で生活をしてもらう。その間、どんなことが起こってもその結界から外に出ることは許されない。その結界から出た時点で、君は失格だ」
つまり、この結界から外に出ることなく三日間生活をすればいいということだ。
「食事は、朝こちらから持って行く。つまり、我々が食事を持ってきたら夜明け……ということだ」
三度食事を運ばれてくるまで耐えることができれば、合格……
「ただし、一つだけ言っておく……夜のこの場所は非常に危険だ。常に現実と先ほどはいったが、夜になると幻想が見えることがある。それに惑わされて出るようなことのないように」
幻想……その言葉が、恐ろしいほどの重圧を秘めているように……俺は感じていた――