☆
少女との出会いは、突然だった――
雪音姉さんを失った俺は、プリーストへの転職資格をもらっていながらも、転職試験を受ける気力を出せぬまま……何もない空白のような毎日を送っていた。毎日、入れ代わり立ち代わりで訪れては意味のない慰めや転職試験への促しを言う者達。正直、億劫だった……
あの時の俺は……死んでいたんだ――
だが、そんなとき一人のアサシンの少女が教会に連れてこられた。
姉さんと同じ……真っ青な空のような美しい髪をもった少女――
「はなせよ!うちが何をしたっていうんだよ!」
突然、教会内に響き渡った少女の声に、俺は不審に思いそちらへと向かった。そこでは、数名のプリーストに押さえつけられ、引きずられるように連行される少女の姿があった。
周囲にいた者に聞くところによると、教会の付近でハイディングをしていた怪しいアサシンだということだ。それだけなら問題はないのだが、死神部隊(ディスタンス)に所属していることから確認のためにと連行しているところだったらしい。
「うちはなにもしてない!なんで……なんでだ!」
依然叫び声をあげる少女に、俺は何を思うでもなくその場を後にした。もう、会うこともないだろうと……。
それからも、何も変わらない日々が数日続いた。死んだ魚のような瞳。食事も満足にのどを通らず、眠れば悪夢が追って来る。姉さんの死を受け入れることができず……ただただ億劫に過ごす日々。
だが、そんな日々は確実に終わりへと向かっていた。
ある夜のことだ……眠れない俺は、教会の地下に入っていく男を見つけ後を付けて行った。別に大して思いがあったわけではない。ただ、自分自身行ったことのない地下へと降りていく者にわずかばかりの興味があっただけだった。
今思えば……あの日、もしもその道を選んでいなかったら……どうなっていただろう――
「ぅくぁ……ふぁあ」
階段を降りていくうちに耳に聞こえてくる声。それは、段を降りる度に鮮明に聞こえてくれるようになり、女性の声であることがわかった。どこかで聞いたことがあるような気がした……とても印象にのこったはずの声だった。
「……めて……やめて……」
「やめて欲しけりゃ、認めるんだな」
「て……ない……」
段を降りる度、鮮明に聞こえる声。複数の男の嘲笑と、一人の少女の悲しげな声。そして、階段を降り切った俺の目の前に広がった風景は、予想だにしない風景だった。
両手を縛られた状態で服を破られ、男達の白濁の液体を体中に付けられて涙を流す少女。口には男のモノを咥えさせられ、性器は血と液体でドロドロになっていた。頬を伝う涙は、体中につけられた痣と汗で判断ができないほどになり、顔は膨れ上がっていた。そして、少女の周りには複数の男達がいて、嘲笑と蔑みの目で少女を見ながら自分のモノを少女に押し付けている。行為を行うには、あまりにも幼すぎる身体の少女への性的暴行を繰り返したであろう状況だった。
そして……そこにいる男達は、皆見知った者たちだった……
「何を……してるんだ……?」
俺は、思わず声を上げた。怒りから、そして疑問から。
「柚葉?」
その声に、そこにいた男の一人が声を上げた。その男達は、全員が教会に所属するプリースト達である。教会の中でも柚葉を知らぬ者はいない、名を知られていて当然だろう。だが、そんな者達に名を知られていることが今の柚葉にとっては憤りを感じざるを得ないような状況にすら思えた。
「何をしているのかと聞いている!」
自分よりも階級が一応でも上である者達。だが、そんなことはいまや関係なかった。目の前で行われている惨状、それを許せるような状態ではなかった。
「何って……こいつから、情報を聞き出してるんだよ」
「そうだ、虚偽を言い続ける女に、神の名の制裁をくだしてんのさ」
口々に神の名を上げる男達。そこで、人数を確かめることができた。そこにいた男は、6人。6人がかりでまだ肉体的成長が完全ではない少女を蹂躙し続けていたのだ。いや……もしかすれば、それ以上に。
「神の名の下に……だと?」
「あぁ、我等が偉大なる神。その腹心たる我等は、神に仇なす者に対し、制裁を下さねばならんのだ」
俺は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
こんなものなのか……と。
俺や姉さんの信じてきた、守りたいとこれまで願っていた教会、神なんていうものはこんな醜く愚かなものだったのか……と。
「神は……そんなに偉いのかよ」
「なに?」
「人一人を蹂躙し、その身を傷つけても許されるほどに神や聖職者ってのは偉いのかよ!」
もはや、俺は意識を保つことさえままならない状態だった。怒りに身を任せ、手元にあった杖を握り締めて男を殴り倒した。6人いたとて、行為を続け疲労した男達を地に埋めることくらいなんということはない。
5人に地を舐めさせて沈めた後、少女にモノを咥えさせていた男に俺は拳で殴りつけた。恐怖から地を這い蹲り、神の名を上げる男。それを見るだけで虫唾がはしった。
「教えてくれよ……アサシンとプリースト。プリーストは何をやっても許されんのかよ!」
その男を地に押し付け、腹の上に乗って顔面を殴りつける。男の顔が次第に変形していき、口からは絶えず血が吹き出ている。だが、俺の気持ちは治まらなかった。許せなかった、自分が信じてきたことが。
「そこまでにしよう……」
その腕を、優しくつかまれ、俺はようやく我に帰った。
振り返ると、そこには悲しそうな瞳でこちらを見る翼の姿があった。
「翼……?」
「殺してしまうよ……」
そこで、改めて俺は目の前で口から泡を吐く男を見た。
間違いなく、そこで止められていなければ殺していただろう……
「……」
「まったく、君らしくないね」
「翼……あなたが指示をだしたのか?」
「いや、違う――だが、止めることをしなかったのだから同じだろうけどね」
寂しそうに微笑む翼の腕は、小さく震えていた。俺は、そこで初めて泣いた……どうしようもなく、無力な自分が辛かった。
そんな俺を、翼は優しく抱きしめてくれた。そして、手に持っていた布を少女にかけ、俺と少女とを連れて翼は階段を上っていったんだ――
俺と少女を俺の部屋に下ろし、翼は何も言わずに去っていった。少女の方はといえば、カタカタと震えるのみで虚ろな目をし口からは言葉にならない声が漏れていた。
「シャワー…浴びておいでよ。そのままじゃ気持ち悪いだろう?」
そんな少女に、俺は声をかけることしかできなかった。この場合、何をすればいいのかわからなかった。優しくかけるべき言葉も分からず、その体の手当てすらせずに……
少女は、言われるがままにシャワーを浴びに行き、俺は何もできない自分が辛くてその場で考え込んでいた。何を考えるでもなく、ただ……ただ、何もない自分への嫌悪感を募らせるだけ――
程なくして、汚れを落として出てきた少女に毛布を渡し、ベットを勧めて眠らせた。わけがわからなかった。何をすればいいのかも、自分が何を信じればいいのかすらわからず、俺はただただその場にいることしかできなかった。
夜が開け、翼に呼び出された俺は事情を説明し、処分に対しての報告を待つ形になった。
「翼……私は、どれほど重い処罰も受け入れます。ですが、あの子だけは……助けてあげてくださいませんか?この教会から開放する……というのは、無理かもしれませんが、せめて教会内での監視程度に……」
どんな罪が与えられようと、俺はかまわなかった。事実、6人ものプリーストを傷つけているのだから。プリーストへの転職資格の剥奪、教会の追放など、考えられる処遇はいくらでもある。だが、翼はそれに対して「わかった」とだけ呟いた。
「いずれにせよ、処遇が決まり次第連絡をいれよう。今は、少女についていてやりなさい……あんなことがあったのだ、人間不信になっているだろうからね……」
翼の優しさが、あまりにも重く……俺は感じていた。