ルーンミッドガルドの首都・プロンテラの南に位置する平原を、一人の少女が歩いている。頭には小さなサンタクロースの被り物をつけ、少し億劫とした表情に曇りを落としている。とてもかわいらしい少女だ。まるで、絵本の世界から飛び出したような愛くるしい姿をしており、赤い髪の毛はまるでお人形のよう。

 だが、その姿はとても痛々しく、目を覆いたくなるような悲しげな微笑みを浮かべたその表情は見るに耐えない。

「変わらないものなんてない……」

 思わず、そんな言葉が少女の口をついて出た。それは、少女の世界で一番愛した者が、少女に言ってくれた言葉。言われたときには、難しすぎてわからなかった。けれど、それを理解したときにはもう遅かった……

 この世に不変なものなどない。けれど、それを理解するのは、どれほど難しいことか。

 ――いや、理解といえば誤りがあるのだろう。それを認めることは、どれほど難しいことか。だが、誰もがその現実をのりこえて少女は大人の女性へと成長していくのだろう。

 果たして少女は、その現実に直面しているのだ。

 乗り越えれるか否かはこれからなのだが、少女はようやく岐路に立ったといえるのだろう。

 

 ほどなくして、少女の瞳に一本の大きな木が写った。瞳に溜まった涙を必死になって拭い去り、満面の笑みを浮かべる練習をする。頭の中がぐちゃぐちゃになり、考えるたびに億劫になっていくが、一生懸命笑顔をつくる。そして……

「おはよう、みんな」

 満面の笑みを浮かべながら、少女はその木へと向かった。

 その姿に、その場所に集まっていた者たちが一斉に振り返る。だれもが口元に笑みを浮かべ、少女の笑顔に答える。真実を知るものは、その笑顔に悲しげな微笑みを浮かべる。それでも、少女は気にせずに微笑んだ。

 ……いつか、時が全てを解決してくれると信じて。

 

 

 

「おはよう、みんな」

 柚葉の言葉は、突然乱入した少女・郷華の言葉にさえぎられ宙を舞った。郷華の満面の笑みに圧倒され、それ以上の言葉が出てこない。しかたなく、柚葉は郷華に笑みと挨拶を返しながら、その左手の薬指を確認する。そこには、何もはめられてはいなかった。つまり……

(そうか……)

 改めて、郷華の顔を見る。悲しい葛藤があったのだろう、その表情はまるで泣いているように思えた。

(お前は……越えようとしているんだな……)

 その姿に、なんともいえない罪悪感を感じる。自分もまた、同じように葛藤を乗り越えようとしていたのだろうか……。飛鳥が、雪乃が、“華煉”が、自分には支えとなり傍にいてくれた。けれど、その中の誰か一人でももし欠けていたら……

「ゆず」

 そこで、隣にきた郷華が小声で声をかけてきた。

「わたしだって……つらいんだよ?」

 その言葉に、ズシリと重い何かを感じる。

「そうだな……」

 耐え切れず、柚葉は小さく呟いた。

「んで、相手なんやけど」

 と、そこで空気が読めていないのか……間の抜けた優哉の声が聞こえてきた。

「カラプルコやよ、ゆず覚えとるか?」

 その言葉に、柚葉は納得といった表情になる。

「そうですか……何はともあれ、おめでとうございます」

 口元に笑みを浮かべ、祝辞の言葉を述べる。幸せそうな優哉と、郷華とを見比べ、これでよかったのかもしれないな……等と胸の中で呟いた。

 そこにきて、あらためて伊豆木のメンバーに向き直る。

「みんな、変わってないみたいで何よりです」

 周りの騒ぎはなんのその、木の下でのんびりと読書をしている伊豆木創設者であり、みんなの母親的な存在、マミア。そのマミアの夫であり、ナンパ好き・軽薄そのものなくせに芯はしっかりとした兄貴分、チャド。木陰に隠れてすやすやと寝息を立てている清淡な女性、まひる。郷華のことを気遣ってか、口を開かずただ微笑む大人びた女性、おとうふ。絵に描いたようなラブラブっぷりは健在のようで、中心から少し離れた位置でイチャついている、綾とチャムチェ。そのほかにも、騒ぐメンバーの中には、以前とかわらず暖かさがあった。

 そんな中、一歩はなれた位置で悲しげな表情をしている女性の姿が目に入った。

「カッチェ……?」

 それを見て、柚葉はついその者の名前を呼んだ。

「どうかしたのか?」

 その姿はまるで、郷華を見ているよう。ただ、郷華と違って無理に明るく振舞おうとする痛々しさではなく、自分の中に抑え込んで押し隠しているかのよう。

「え?べ……べつに?」

 その言葉に、突然あたふたと慌てだす。

 それによって、その場にいた全員の視線をあびることとなってしまった。だが、それ以上は誰も聞こうとはしなかった。ある者はその真意を知っていたのかもしれない――

 

「ゆっずはぁー」

 

 そこで、耳に響く大きな声が聞こえてきた。その直後に、柚葉の体に鈍い衝撃が走る。

「ぅぐぅ」

その衝撃を受け止めきれずに、柚葉は前のめりに倒れこんでしまった。その口から、まるでカエルのつぶれたような声が出る。

 打ってしまった頭をさすりながら、後ろを振り返る。はたしてそこには、自分に抱きつく美しい女性の姿があった。全身をピンク色のかわいらしい聖職衣を羽織り、一見して上位聖職者だとわかる。その姿には、そこにいる雪乃を除く全員に見覚えがあった。とはいえ、普段とはあまりにも違う状態に戸惑いと呆れで声が出ないでいる。

「ノエル様……痛いです」

 なんとか声をだし、倒れた自分に背負われる形で乗っかっている女性に話しかける。だが、

「いいからいいから」

 などと、まったく聞こえていないようだ。女性は満面の笑みを浮かべながら背中に頬を寄せる。その姿に、雪乃があからさまに怪訝そうな顔をする。

「な……なに?」

 耐え切れず、雪乃が真っ赤な顔で声を上げる。それを見て、ようやくノエルは柚葉から離れた。

「ごめんごめん、嬉しくってつい」

「つい……じゃないですよ」

 それでも笑みを崩さない柚葉に、雪乃の顔がさらに風船のように膨れる。

「まったく……」

 そして、その背後から再び聞き覚えのある声が聞こえてきた。見ると、飛鳥と見たことのないアコライトの少女とが立っていた。

「一応、他の方もいるんですから……ノエル様も、少しは自重してくださいよ」

 呆れにも似た声で、飛鳥が呟く。その言葉に、ようやく平静を取り戻したノエルがその場に立ち上がり恭しく頭を下げた。

「皆さん、ごきげんよう。お久しぶりですね」

 一転して、美しい微笑みを浮かべたものの、それまでがそれまでだけに形にならない。

 そんな姿に、一同は呆れながらも微笑みを浮かべる。

「あら……?」

 そして、今度は雪乃の方を見やり、不思議そうな声を上げる。

「雪音……?」

 小さくもらした言葉に、雪乃がはっとなる。

「姉さんの妹……雪乃です、ノエル様」

 硬直してしまったノエルに、柚葉が変わりに答える。その言葉に、ノエルの表情が困惑とも焦りとも取れる不思議な表情になる。

「そう……この子が――」

 もの寂しい表情で、ノエルは小さく呟いた――



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