誰もが慌しく動き回る大聖堂で、場に不釣合いな装束を纏った青年がイスに腰掛けている。非常に端麗な容姿に、漆黒の髪と瞳。片方の瞳を隠したその顔は、まるで御伽話の魔王のよう。

「飛鳥さん」

 その青年に向かって、一人の少女がかけてきた。服装からして、アコライトの少女だろう。明るいピンク色の髪を、肩の上で乱雑に切ったかわいらしい容姿。その少女の姿を認め、青年……飛鳥は、イスから立ち上がった。

「久しぶりだね、エトナ。元気にしてた?」

 名前を呼ばれて、少女――エトナが、頬を軽く染める。それから、満面の笑みで返事をする。その姿は、子供っぽさと少女から大人の女性へと変わりゆくときのはかなげな美しさとを併せ持っているように飛鳥には思えた。

「背、少しのびたね」

「そうなんです。えへへ」

 以前感じていた他者との壁。それも、少しは薄くなっているのだろうか、少女の笑みには喜びを表すような力が宿っているような気がした。

 数刻の間ではあったが、二人は会話を交わす。終始頬を赤らめながら、たどたどしい口調でしゃべる少女に、こそばゆい気分になりながらも、飛鳥はやさしい声をかける。どこにもありふれた風景だが、今の飛鳥にはそれがとても貴重なものに感じれた。

 そこで、後ろから声をかけられた。見ると、金糸の髪の女性が立っていた。

「おはよう、飛鳥」

「おはようございます、ノエル様」

 女性、ノエルが笑みを浮かべながら挨拶をし、飛鳥もまたそれを返す。他愛のないやり取りのように見えて、飛鳥は背中の辺りが冷たくなるのを感じていた。

「ねぇ、飛鳥……聞きたいことがあるんだけど」

「は……はい?」

 その原因が何なのかは分からないものの、ノエルの表情には明らかに怒りの感情が露になっていた。

 普段、常に冷静沈着で表情を表に出さないことから「氷壁の神官長」とまで呼ばれている女性。そのノエルが、こうして表情を表に出すということがどういうことかは、飛鳥には大体わかるのだが……

「昨日、私伊豆木の方へ行ったんだけど」

「は……はぁ」

「なんで、いなかったのかな?みんな」

 顔は笑っているのだが、目が怖い。

「おかしいよね?翼が嘘ついたりしないと思うんだけどね」

「えっと……」

「飛鳥……知らないかなぁ」

 飛鳥の額に、大粒の汗が浮かぶ。怖い。

「知ってたら、教えて欲しいな。怒らないから……」

 すでに怒ってる。と、心の中で毒づきながらも飛鳥は昨日の出来事を話した。

「……」

 そのとたん、ノエルがうつむきしゃべらなくなってしまった。

(ヤバイ……逆鱗にふれた。こ……ここは戦略的撤退を……)

 こっそりと、後ろを向き、気づかれないように動き出す。

(逃げの一手……急速回転、ハッチを閉め逃げるんだ……っ!)

「ソコの戦艦、逃げるな」

「何で心の声がわかるんですかーっ!」

「問答無用っ!」

 その瞬間、ノエルの手に握られていた杖が、飛鳥の頭に叩きつけられ鈍い音が響き渡る。

「怒らないっていったぁぁぁああ」

 飛鳥の悲痛な叫び声が、大聖堂の中に木霊した。

 

 

 

 寂しげな笑みを浮かべる優哉に、雪乃は少しだけ胸が痛くなるのを感じた。

「お姉ちゃんを……知ってるんですか?」

「ん?」

 自分の姉が神官長であったこと、多くの人に愛されていたことは知っている。だが、それでもやはり自分の姉を知る者と話すと言うのは不思議な感覚だ。

「知ってるさ」

「そうなんですか……」

「神官長雪音……歴代初の、プリーストでありながら神官長に抜擢された女性。“片翼の神官長・翼”、“氷壁の神官長・ノエル”、“異端の神官長・シア”。そして、“慈愛の神官長・雪音”。四人の中でも、最も多くの者に愛され……また、愛した女性。この世にいる全ての聖職者の憧れさ……」

 そう言う優哉の表情は、今にも泣き出しそうだった。そんな顔をするとさらに柚葉に似ているような気がする。

「もう一度、教えを乞いたかったんだけどな」

 そんな言葉で、優哉は口を閉じた。

 その言葉を聞きながら、幼き日を思う。

 いつも、大好きだったお姉ちゃん。憧れて、目標だったお姉ちゃん。

 そして……ゲフェンタワーで会った光を思う……

 寂しそうな微笑みをうかべたお姉ちゃん……。私にゆずが好きかを聞いたお姉ちゃん……。答えた私は、お姉ちゃんから大事なものを盗んだようで痛まれなかった。

 それでもきっと……

「お姉ちゃんは……」

「ん?」

「きっと、皆さんがいてくれて幸せだったのでしょうね……なんだか、うらやましいです」

 きっと、どんな人生で……あんなに短かった人生でも……お姉ちゃんは幸せだった。そう信じてる。

 その言葉に、その場にいた者達がそれぞれ感慨深い表情になっていく。そして、柚葉の暖かい手が雪乃の頭に乗せられた。

「雪乃……強くなったね」

「え?」

 やさしい微笑みをうかべるその姿は、今まで以上に暖かく感じられた。

「まだ、会ってそんなに経ってないけど……それでも、出会ったばかりのころの君とは比べ物にならないほどに……強くなった」

「そうかな……」

 そんな二人を見つめながら、優哉もまたやさしい笑みを浮かべている。本当に、この二人はよく似ているなと思う。

 だから……

「優哉さんと、ゆずって……似てるね」

「んあ?」

 そんなことを言ってしまった。

「まぁ、よく言われるね」

「せやな」

 顔が似ているとか、それだけではなく。全体的に似ているような気がした。

「やけど……」

「え?」

 そこで、優哉の表情が真剣な顔つきになる。

「似てるからって、ゆずにふられても俺を好きになったらいけんよ」

「なっ!?」

 そんな、とぼけたような言葉を、真顔で言ってきた。

 そういうところは、飛鳥に似ているな。と思いながらも、笑って返す。

「俺、結婚したからな」

「え?」

 その言葉には、雪乃ではなく柚葉のほうが声を上げて驚いた。

「結婚……ですか?」

「あぁ、ついこの間やけどね」

 驚きを隠せないでいる柚葉に、すこしはにかんだような表情で優哉が答える。

「ひょ……ひょっとして相手って……」



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