「それは本当ですか?」

 同僚の言葉に、ハイプリーストの女性、ノエルは思わず声を上げた。

「えぇ、そろそろプロンテラにつくころだと思いますが」

 常に冷静で、「氷壁の神官長」などと呼ばれるノエルの豹変に、多少たじろきながらも同僚の青年、翼は答える。

「伊豆木に向かうと言っていたので……そちらに向かうほうが、確実かもしれません」

「わかった、すぐ行く!」

「仕事、すましてからにしてください」

 今にも飛び掛りそうな雰囲気のノエルに、隣に座っていた少女が冷ややかに呟いた。

「うぅ……シア、これお願い……したら、怒る?」

「当然です」

 シアと呼ばれた少女のあまりにも冷めた態度に、ノエルは涙ぐむ。

「いいじゃない、少しくらい」

「どこが少し?」

「たったの、134枚だよ……?」

「“たったの”って言葉の使い方、間違ってる」

「うぅ……シアのいじわる……」

「文句言わない、もう夕刻なんだから……明日になさい」

 まるで夫婦漫才のような二人の会話を見つめ、翼は微笑み部屋を出た。

「平和……ですねぇ」

 つい先日までと違って……。そんなことを考えながら自室へ向かう。

 正直、ノエルにこの事を話すかどうか、彼なりにではあるが思案した。

 ノエルが柚葉のことをどう思っているか、それは彼が一番よく知っている。だからこそ、今二人を再会させるのはまずいのではないかと考えたのだ。

 だが――

「あんな、いきいきとした……ノエルの姿を見れるのは、こういうことでしかもう……ないでしょうからね」

 柚葉がいなくなってからのノエルは、見ているのも辛いほどだった……

 毎晩のように涙を流し。飲めもしない酒を、それも大量に飲み。まるで死んだ魚のような瞳をしていた。

 同じ神官長である自分ですら、それを癒すことはできない。そんなことは理解している。それでも、ノエルには笑っていて欲しかった。

「雪音……こんなとき、私はあなたを恨んでしまいます……。何故、あなたはこんなにも……多くの人に望まれながら死んでいってしまったのか――」

 こらえようのない悲しみを、死者のせいにするのは――

 だが、今の翼にはそれ以外の方法を見出せないでいた……

 

 

 

「ねぇ、ゆず。あれ欲しい……」

 雪乃に袖をひっぱられて、柚葉は立ち止まった。

 振り返って、雪乃の指差すあれを探す。はたしてそこには、年頃の少女が欲しがるようなかわいらしい装飾品や服……などではなく、クリームののったサンドイッチがあった。

 もう、夕暮れ時を回っている。育ち盛りの雪乃には、もういい時間だ。

「おなか……すいたのか?」

「……うん」

 まだまだ色気より食い気だな。などと心の中で呟きながら、柚葉は前方で不思議そうな顔をしている飛鳥を呼び止めた。

「少し、何か食べてから行こうか。優哉さんたちと一緒に……とも思ったが、あちらが食べていたら雪乃が倒れかねない」

「だな。んじゃ、もうちょっと行ったとこにあるオレのお勧めのとこ行かないか?」

「あぁ、そうしよう」

 その会話を聞きながら、雪乃は満面の笑みを浮かべた。

 

 メインストリートの流れに逆らい、裏路地に向かってしばらく進むと、小さな酒場があり、その前で飛鳥は立ち止まった。

「ここ、ここ」

 などと、軽い口調で言いながら飛鳥は店内へと入っていった。

「嫌な……予感がするが……」

「で、これはどういうことなんだ?」

 とげとげしい口調で、柚葉が口を開く。

「ん?なにが?」

 それに対して、飛鳥は素知らぬ表情で聞き返した。

「なにが……じゃないだろ」

 呆れたような表情の柚葉に、飛鳥は小さくほほ笑む。

「何ごとも経験。だろ?」

「……」

「ほら、雪乃もよろこんでるぜ?」

「……」

 飛鳥の指差す先には、泥酔し床に座り込んで笑い続けている雪乃の姿があった。

 少し席を離れた隙に、飛鳥に誘われて飲んだらしい。

「未成年……だろうが――」

 完全に呆れ顔になった柚葉は、床に座る雪乃に近付き抱き上げた。

「全く……困った奴等だ」

 抱き上げられた雪乃が、嬉しそうな笑顔で柚葉にくっついた。

 その小さな体をゆっくりと、できるだけ優しく抱き締める。決して手放さないように……

 

 酒場の外に出ると、心地よい夜風が頬をかすめた。

 気づかなかったが、いつの間にか夜になっていたらしい。

「気持ちいいな」

「ま、酒はいってるしな」

 夜のプロンテラは、昼の活気とは対象的に薄暗い光を放っている。

「……飛鳥」

「ん?」

「俺は……」

「ゆず?」

 柚葉が何かを言おうと口を開いた時、後ろから少女の声が聞こえて来た。

「やっぱりゆずだ。どうしたの?こんなところで」

 振り返った先には、サンタクロースのかぶり物をかぶった少女の姿があった。

「郷華……?」

「ゆずに、飛鳥。それから……その子は?」

 柚葉の腕に抱かれている雪乃を見つめながら、郷華は不思議そうな表情になる。

「まさか……人攫い?」

 まじめな表情でそんなことを言う郷華に、柚葉達二人はただただ顔を見合わせるのみだった――

 

 

 

「じゃぁ、明日ね」

「あぁ。一応、朝一番に優哉さんに連絡を入れようと思っているけど、郷華から一言伝えておいてくれると助かる」

「うん、わかった」

 これから伊豆木へ戻るという郷華に、優哉への伝言を託して三人は宿屋へと向かった。

 酔って眠り込んでしまっている雪乃をつれてはいけないからだ。

「んで、なんだったんだ?」

「ん?」

 しばらくは黙っていた飛鳥だったが、小さく問いかけてきた。

「さっき言おうとしてたやつ」

「……あぁ。いや、いいんだ」

「そうなのか?」

 目をつぶり、深く考え込むような顔つきになった柚葉に、飛鳥はそれ以上何も言わなかった……



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