「妹……?」

「そうだ……」

 そういいながら、クラークは手に持った花を墓標に供えた。

「俺にとって……たった一人の肉親だ――」

「……」

  墓標を見つめ、寂しそうな表情をするクラークに、今までに感じたことのない弱さを見たような気がした。

「俺は、守ってやれなかった――」

 

 

 

  右も左も分からぬまま、セシルは呆然と座っていた。

  目が見えなくなってから、つまりゲフェンでの戦いから四日たち、彼女達は教会に戻って来ていた。

  教会に戻った彼女達は、すぐに神父に報告をすると共に、セシルの瞳に対しての対処について尋ねてみた。調べてみた結果、セシルは瞳を裂かれた際に網膜剥離になっていた。

 それに対し、この四日間教会内の多くの聖職者がその治療に当たったが、そのどれもがそれを癒すことはできなかった。

「……足音?」

 普通の人間では気がつくはずがないほど遠い距離から、こちらに向かってくる足音をセシルの耳は捉えていた。

 自分でも不思議なことだが、目が見えなくなってからというもの驚くほどに彼女の聴力は強くなっていっていた。それはまるで、五感のうちの一つを失ってしまったことへの対価が支払われているかのようでもあった。

「話し声……」

 足音と共に、小さな会話が聞こえてきた。遠くてほとんど聞き取れないが、どうやら男女二人が話をしながらこっちに向かってきているらしい。

「……」

 その話し声に聞き耳を立てる。すると、次第に声は近づいてきており、鮮明に聞こえるようになってきた。

「――でも、姉さん……僕、会うの怖いよ……」

「それでも、会わないままずっといるわけにもいかないでしょ。ようやくドッペルゲンガー討伐の事後処理も終わったんだから、セシルに会いに行ってその報告なんかもしなきゃいけないじゃない」

 遠くから聞こえるその二つの声には、共に聞き覚えがあった。

「でも……僕は……」

「……ゆず、あなたが悪いんじゃないの。他のプリースト達だって、彼女の症状を治すことは出来なかった。それに、ゆずの治療は完璧だったんだから……」

「でも……でもあのときに」

 男の子の方の声が、小さく震えていることも彼女の耳には届いていた。それほどまでに、彼女の聴力は磨かれてしまっていた……

 それゆえに、セシルは聞きたくないことまで聞いてしまった。

「もう、仕方ない子ね。ゆずは」

 ギュッと抱きつく音が聞こえた。布と布がこすれる音、さらには、抱きしめながらささやかれる女性の言葉。それら全てがセシルの耳には届いてしまっていた……

「……っ!」

 セシルの瞳から、小さな雫が頬を伝い握り締められた手の甲に落ちた。

「うくぅ……」

 その雫は、時を増すごとに留まるどころか量を増していき、ぼろぼろと流れるそれを止めることはできなかった。

 

 

 

 コンコンという規則正しい音がなり、部屋のドアが開いた。

「こんにちは、調子はどう?」

 礼儀正しい穏やかな口調と同時に、二つの小さな足音が響いた。

「かわりない……です」

 それに対して、セシルは少しツンケンとした口調で返した。それから先は、お互いに何か特別なことを話すでもなく、三人の半ば社交辞令的な会話が続く。

「あの……」

  不意に、柚葉が口をひらいた。

「僕……セシルに謝らなきゃ……」

「ゆず!」

  謝ろうとした柚葉を、横にいた雪音が制した。

「……そうだよ、ゆず、君が気に病むことないんだよ?」

 それを、セシルもまた肯定した。

  ただ、もしも柚葉がもっと大人であったなら気付いていれただろう……セシルの腕がカタカタと震えていたことに――

「しかたないんだよ……運がなかったんだ――」

  そう、自分にいい聞かすようにセシルは呟く。

  仕方がないのだ。あの時、メンバーの誰もが自分のするべきことを果たさんと、精一杯のことをしたのだから。誰一人として、手を抜いた者はいない。

 誰がこうなっていたとしても、おかしくはない状態だったのだ。そんななか、自分がなった。ただそれだけのことだ……

「だから……ね?」

「でも……」

  それでもまだごねる柚葉に、雪音が優しく声をかけ、それをなだめた。

  その様子に、セシルは寂しさを感じた……

「それに……私は、ゆず達がならなくて良かったって思ってるのよ?」

  もの寂しい気分になりながら、セシルは呟く……自分は他の大切な人が傷つくよりも、自分が傷ついた方がましなのだ……と、自分に言い聞かせるように。

「それなのに、ゆずに責任感じられたら……いやだよ?」

  できる限り優しくほほ笑む、柚葉が不安にならないように、安心できるように。

  そしてなにより、自分自身が納得できるように――

 

 

 

  朝の穏やかな日差しが頬をくすぐり、暖かさに目を覚ます。

  まだ少し眠い目をこすりながら体を起こすと、そこには妙な静けさに満たされていた。

「あ……あれ?」

  静けさに寂しさを感じ、雪乃は飛び起きた。

「ちょっ……あれ?ゆず?飛鳥?」

  部屋中を探すが、どこにもいない。見ると、二人のベットはきれいに片付けられている。

「ゆず?飛鳥?どこ……?」

  声が震え、肩がカタカタと音を立てる。瞳からは絶えず涙がこぼれ落ち、体に上手く力が入らなくなってきた。

「ゆず……どこ……」

  体に力が入らず、雪乃はその場にへたれこんだ。

「……っ!」

  言葉にならない声をあげ、雪乃は泣き出した……

  その時――

「ゆず!飛鳥!神妙にお縄につけ!」

  ガタンという、場所に不似合いな音を立ててドアが開いた。

「あ……あれれ?あいつらどこいったの?」

  開いたドアから現れた女性は、絵に描いたような間の抜けた表情をしていた。

「えっと……レイナさん?」

  なんとか平静をとりもどした雪乃がその名を呼ぶと、女性――レイナは振り返り柚葉について尋ねた。

「あいつらどこ?」

「えっと……起きたらいなくて……」

「はぁ?逃げたの?」

「え?」

  突然のことに、不思議な表情になっている雪乃にレイナは質問をする間も与えず続ける。

「今日、昼からドッペルゲンガーの討伐をしたことの感謝の意をこめてってことで式典開いたりしたいって言ってんのよ。でも、あいつら出たくないらしくて逃げたのかなって思ってさ」

「……そうなんですか」

「でも、それだと雪乃ちゃん残していかないわよね?」

  ぶつぶつと疑問を呟くレイナを見つめながら、ぼんやりと柚葉のことを考えていると、コンコンという規則正しい音が室内に響いた。

「こんにちは、扉が開いていたので、室内に入ってからノックをするような形になってしまったことをお許しください」

  礼儀正しい言葉使いに振り返ると、そこには一人の白い服を纏った男性が立っていた。

「私の名前は翼、あなた方が共に旅をして来た柚葉からの頼みで、教会の使者として来ました」

  その言葉に、雪乃は一抹の不安を抱えた――



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