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 空がようやく明るくなり始めたころ、宿屋の一室で柚葉と飛鳥が会話をしている。

 横のベットでは、雪乃が小さな寝息を立てている。やはり、この時間ではまだぐっすりと眠っているようだ。

「……本当にいいのか?」

「あぁ、こうするべきなんだと思う……」

「そうか……なら、オレは止めないさ」

 柚葉の手が、まるで腫れ物にでも触るかのようなやさしい手つきで雪乃の髪を撫でた。

「これから先……こんなことが続くなら――」

「だが……雪乃は、嫌がるんじゃないか?」

「……そうだな。だからこそこうして眠っている間に行こう」

 柚葉の瞳に、小さな影が浮かんだのを飛鳥は見逃さなかった。

だが、それが雪乃の想いを無視しようとしている自分への罪悪感からか、別れることへの寂しさからかは、飛鳥にはわからなかった。

「とりあえず、教会に一報入れておいた。姉さんの妹だし、俺の頼みとは言え聞き入れてもらえたよ」

「そうか……」

「あぁ、雪乃が目を覚ますころに迎えが来るはずさ……」

 

 ――別れの時……

 それは、否応無く訪れる定めの時……

「俺の旅に雪乃を連れて行って、これ以上苦しめるのは嫌だから……」

 

「レイナ達にも……挨拶無しで行くのか?」

 柚葉達は、ドッペルゲンガーとの戦闘の後早々にレイナ達と別れて宿に向かった。ドッペルゲンガーの報酬などを言われたが、いらないと一言のみ言って断った。

 当然、レイナ達は自分たちに挨拶をしてからこの町を出ると思っているだろうから、その時にでも突きつけるつもりでいるのだろう。

「会えば、この時間に出る意味がなくなってしまうだろ?」

「まぁ……な」

 そういいながら、荷物をまとめた飛鳥が立ち上がった。

「さよならだ……雪乃」

 その様子を見ながら、雪乃に視線を移した柚葉が微笑みながら呟いた。

 その微笑みは、今まで柚葉が見せたことが無いほどの、やさしいものだった……

 

 

 

 薄暗い外の町は、異常なまでの静けさに包まれていた。

 この時間ということもあってか、少し肌寒い。

「でも、これから先どこへ行くんだ?」

「ん?」

「オレの用事は済んだし……とりあえず、しばらくはいろいろ見て回るだけなんだけど」

 そう言った飛鳥の瞳は、自分の進む道に迷いを感じていた昨日までとは違う光に満ちているように思えた。

「俺自身も……行く宛などない、風の向くまま……だな」

そう言ってから、柚葉は我ながら飾った言葉を使っているなと苦笑いした。

実際、雪乃と別れると言った柚葉も、自分の意思を押し殺しているように見えていた。

「レイナに会って、他の仲間たちとも一度顔を合わしてもいいかなって思うんだけど?」

 そんな柚葉に、飛鳥は小さく笑いながら話しかける。

「……他の?」

「あぁ、伊豆木とか……あとは、フェイヨンのアイツとかに会ってもいいんじゃないか?」

「伊豆木……か。たしかに、あいつらとも久しく会っていないな――」

 飛鳥の口から漏れた懐かしい名前に、柚葉は小さく微笑んだ。

「イズルードか……いいかもしれんな、次の目的地はそこだ」

「うんうん」

 そうこう話している間に、二人はゲフェンの東側の出口に着いた。

「……もう一回聞くけど」

「ん?」

 躊躇うことなく門をくぐろうとしている柚葉に、飛鳥が声をかけた。その表情は、どこか寂しそうな色をしている。

「本当にこれでいいのか?」

「え……?」

「雪乃のこと……本当にここで別れるのか?」

 飛鳥がそういうのも無理も無いほど、この別れは突然のものだった。

「たしかに、これから先雪乃を連れて行けば雪乃を危険な目にあわせることになるだろう。でも、それでも本当にここで置いて行っていいのか?」

 飛鳥の言葉に、柚葉の瞳に影が落ちる。

「雪乃がどうとか……そんなんじゃなくって――」

「いいんだ」

 飛鳥の言葉を遮るように、柚葉はつぶやく。

「いいんだ……これで――」

 自分自身に言い聞かせるように、柚葉は言う。その姿は、まるで雨の日に一人外に投げ出された子供のように小さく見えた。

「俺は……あの子が好きだから……純粋に――」

「……」

「だからこそ、傷つけたくない……」

 たとえそれが、妹を見る兄のような感情であったとしても……。柚葉にとって、雪乃が大切な人間であることに間違いは無かった――

「あの子には……幸せになって欲しい。姉さんや、俺ができなかったことをして、本当の意味での幸せに……」

「……」

「だから……ここで別れるべきなんだ――」

 柚葉の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。

「……それが、あの子にとって一番いいことなんだ」

「……待てよ!」

 柚葉の発言に対して声を荒げた飛鳥に、柚葉は目を丸くした。

「なぁ……本当に、それが雪乃の幸せだと思ってんのか?」

「……」

「お前と離れて、それであの子が幸せになれるのかよ!」

 ぶつけようのない怒りを巻き散らかすように、飛鳥が叫ぶ。

「お前は……お前はまだ分かってやれてないのかよ!あの子は……あの子は!」

 そこまで言ってから、飛鳥は口を紡いだ。言うべきではない気がした。誰も言わなければ、柚葉が気づくことは無いのだろう。だが、それを伝えるのは自分ではない気がしたのだ。

「鈍すぎるんだよ……お前は!」

 そう言って、飛鳥は近くの壁を殴った。殴った手の皮がむけ、血がにじみ出る。

「……俺は」

「……」

「誰かに好きになられちゃ……いけないんだ」

 今にも泣き出しそうな表情で、柚葉がつぶやく。

「セシルのような子を作らないために……そして、姉さんのようにしないために――」

「……セシル?」

「……あぁ」

 そう言って歩き出した柚葉を、飛鳥は少し小走りになって追いかける。

「ちょうどいいのかもしれないな……昔話をするのも」

「……昔話?」

「あぁ……せっかくだ、この先にあるセシルの墓標で話そう――」

 それは、ゲフェンの東側の出口から歩いてすぐのところにあった。

「本来なら、教会の裏の墓地で眠るはずだったのだが……クラークがどうしてもということで、ここに建てたんだ……」

「クラーク?そのセシルって子と、アイツが関係あるのか?」

 墓標を見つめながら呟く柚葉に、飛鳥が質問する。

「あぁ、あるさ」

そのとき、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。

「セシルは……今から七年前に死んだ俺の妹だからな――」

 振り返った先には、漆黒の髪をしたプリーストの姿があった……



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