☆
二人は闇が深まるのを見届けてからプロンテラの城門をくぐり外へと出た。人目を気にして……と言うわけではないが、どちらともなく進む方向が場外へと向かっていたのだ。テロの後という事もあるのか、プロンテラの中以上に外は静まり返っていた。冷たい風が肌を刺す。まだ冬とはいえない季節ではあるが、夜ともなればやはり外は冷え込む。柚葉は、適当に見繕って買ってきたリンゴを二つ取り出し、そのうちの一つを飛鳥に投げ残りの一つをかじった。
「で……なにがあったんだ?」
それまでは何もしゃべらなかった飛鳥が、思いつめたような表情で呟いた。その瞳には、多少の影が映っているように柚葉には思えた……
「別に――何があったわけでもないよ」
「ふざけるなよ……?何もないのにお前が破門されるわけないだろうが、歴史上最高の才能を持っていると謳われた天才プリーストの柚葉が」
「……」
飛鳥の言葉に、柚葉の瞳に一瞬寂しさのような影がよぎったのを飛鳥は見逃さなかった。
「なぁ……教えてくれないか?」
静かに、しかしはっきりとした口調で問いかけるように呟く。その言葉に多少戸惑いながらも、柚葉はゆっくりと口を開いた。弱々しく……まるで消え入りそうなほど小さな声で――
「俺は……人を殺した――」
「人を……殺した?」
「そうだ――」
驚きに目を見開きながら、飛鳥は問い返した。信じられない……そんな表情で問い返す飛鳥に、柚葉は少し寂しそうな表情になり、
「何も知らなければ幸せだと……思えたか?俺のことなど知らなければよかったと……悔やむか?」
小さく呟いた……
「それ……本当なのか?」
「真実だよ――」
いまだに信じられないというような瞳で自分を見つめる飛鳥から、柚葉は目をそらした。
「何でだよ……何があったんだよ――」
飛鳥の言葉など、もはや耳にはいっていないかのように柚葉はただ呆然と空を見つめている。
「ゆず……?話してくれないか?」
「ぇ?」
「お前としては……話したくない話かもしれないし……正直迷惑だって思うかも知れないけどさ――俺は何も知らないで蚊帳の外は嫌なんだよ!」
飛鳥の瞳は、それまでとはまったく違い真剣な眼差しで柚葉のことを見ていた。
「オレはお前を仲間だって思ってる……そう思わしてくれよ」
「……」
話すことを躊躇していた柚葉だったが、しばらく目を伏せてから……
「俺は――」
ゆっくりと、静に語り始めた。
☆
柚葉はもともとは孤児だった。八歳の時に、名前と歳以外の全ての記憶を失い、教会の外で座っていたのを教会の神父が見つけ中へ入れてくれた。記憶を全て失い、見るもの全てに怯える柚葉に教会の人々は暖かい食事とやわらかいベッド、そしてなによりも深いやさしさを与えてくれた……
やさしく、そしてときには厳しく接してくれる教会の神父やシスター。そして、教会で人々のために働くアコライトやその上級職であるプリースト達に囲まれ、まるで本当の家族の中にいるような幸せに満ちた日々が続いた。
とりわけ柚葉を可愛がったのは、柚葉の八つ年上だったプリースト雪音だった。
雪音は、まるで本当の弟のように柚葉をかわいがった。柚葉もまた、雪音のことを本当の姉のように慕い、いつもひっついて離れなかった……
そして、一年、二年と時が過ぎ、いつしか柚葉は雪音と同じプリーストへと向かって歩みだしていた。
誰もが認める非常に高い才能。自分の歩んだ過去へのお礼の念からか、他人に対して向ける慈愛の心。誰もがこの少年は世界に名を残すほどの優秀なプリーストになる、そう思っていた。柚葉もまた、その期待に応えるかのように、多くの戦場でたくさんの命を救っていった。柚葉の周囲にはいつも笑顔があふれ、共に戦う二人の少年、飛鳥と璃緒はいつも柚葉と共に修練に励んでいた。
平凡で、しかしそれでいて満ち足りた時間。幸せを感じられる毎日。それは、記憶を失い孤独に生き、閉ざされていた少年の心をやさしく溶かしていった……
だが……その幸せはいつまでも続く物ではなかった……
柚葉が教会に住み始めてから五年の年月が流れた今から六年前。柚葉のプリーストへの転職を間近に控えたあの日……全ての幸せは一瞬で崩れ落ちた……
☆
柚葉と飛鳥が再会をはたしているのと時を同じくして……プロンテラから南に位置するソグラト砂漠の中心に位置する町、モロクで一人の少年璃緒が今日の収集品を売りに商人に売っていると不意に後ろから声をかけられた。
「久しぶりだな……璃緒」
「ん?」
名前を呼ばれ、そちらを振り向くと、そこには見覚えのある顔が二つ並んでいた。
「おやおやお二人おそろいで、どうしたんだい?」
「覚えているようだな……」
「忘れるわけないだろうが――クラーク、そしてルビー。死神部隊(ディスタンス)のお二人が何のようだい?」
少年――璃緒は、あからさまに不機嫌そうな顔で言った。
「君に仕事を依頼したい。当然報酬は望む通り出そう」
「……ほう」
「君の腕を見込んでの依頼だ。やってくれるね?」
璃緒は、その口元に小さな笑みを浮かべた――