人々の流れに逆らって走り出した柚葉の瞳に、門の前で剣を振るう上級魔族、深遠の騎士の姿が映った。それ以外にも、多くの強力な魔物が門の前を取り囲んでいる。

「いつもよりも……多いか」

 門のまえにたどり着くと、地獄絵図のような光景が眼前に広がっていた。遥かなる昔、栄華を極めた城グラストヘイム。そこで、元々は兵士であった者たちの魂が怨念と化して生まれ出でた悪魔の騎士レイドリックや、死霊の魂が亡霊化した魔物。その場で露店を開いていた者や、それを見て回っていた冒険者達がその凄まじい力のまえになすすべもなく倒され、その場に横たわっている。

「くっ……」

 テロの中心部から、一匹のレイスが柚葉に迫ってきた。紙一重でその攻撃をかわし、少し距離を置いてからレイスにヒールの魔法をかける。死者の魂が産んだ魔物には、癒しの魔法であるヒールでダメージを与える事ができる。数発ヒールをあてることで、レイスはその場に崩れ落ちた。だが、その流れに乗じて多くの魔物が柚葉に向かって迫る。

「ちぃ!」

左に持った盾で魔物の攻撃をなんとか受け流し、右手に握り締めた杖で突く。なんとかギリギリのところで距離を置こうとするが、次々に襲い来る魔物に少し、また少しと体に傷がついていく。

「ふせろっ!」

 不意に後ろから声をかけられ、柚葉は身をよじってその場に伏せた。その瞬間

「悪しき者達を打ち砕きし大いなる嵐よっ、舞え!ストームガスト!」

鈍い音を立て、柚葉のいた場所を中心に氷と風の嵐が舞った。振り返ると、一人のウィザードの男が手をかざしている。マジシャンの上級職である、ウィザードの放つ大魔法の一つ、ストームガスト。魔方陣を中心に氷と風の嵐を巻き起こす魔法で、その威力は並みの魔物ならば一撃で消滅させるほどの力を持つ。

「プリーストさん、まだ戦えるかい?」

「あ……あぁ」

「ならさ、支援貰えるかい?」

 ウィザードは、柚葉の方を横目で見やると、口元でニヤリと笑ってから言った。突然の事に戸惑いながらも、多く戦場で力を発揮してきた柚葉は、すぐに真剣な顔つきになるとその体勢を立て直し

「汝が内に秘めし力、呼び覚まさん!ブレッシング!我、汝が唄、共に詠わん!サフラギウム!」

 体の内に秘められた力を、一定時間の間呼び覚ます魔法ブレッシングと、魔法を使用するのにかかる詠唱を共に詠う事で短くさせる魔法サフラギウムをウィザードにかけた。

「ありがとう。――ってあらら?」

 支援の魔法をかけられ、礼を言いかけてウィザードが一瞬戸惑ったような顔をして柚葉のことをまじまじと見つめた。

「お前……ゆず?」

「ぇ…?」

 突然、自分の名前を呼ばれて驚きを隠せないでいる柚葉に、一言「とりあえずこれ片付けるか」とだけ言ってから、再びストームガストの詠唱に入った。次は、門の前で猛威を振るう魔物たちの中心部に魔方陣を配置した。

「時間を稼いでくれ!」

「あぁ、分かった」

 サフラギウムで詠唱の時間が短くなったとはいえ、それでも完全になくなったわけではない。その詠唱にかかる時間にやられてしまったのでは意味がない。そのため、その時間を稼がなくてはいけないのだ。柚葉は、ウィザードに対して薄い防護膜を張る魔法キリエエレイソンをかけてから、門の前でテロ鎮圧のために戦うほかの者達に支援魔法を唱え、自分もまた聖なる光で敵を攻撃する魔法ホーリーライトで応戦した。

「いくぜっ!全てを包み込み、悪しき者を打ち砕けっ!ストームガスト!」

 魔物たちの中心に光る魔方陣が浮かび上がり、それを中心として嵐が舞い上がる。

 そこから先は人々のペースであった。ストームガストの発動によって数を減らした魔物たちに、人々はいっせいに畳み掛けた。

 そして…

「おわったみたいだな」

 テロはなんとか鎮圧された。この華やかなる都、プロンテラに大きな傷痕を残しながら――

 

 

 

「っとと、おわりおわりぃ」

 柚葉の横にいたウィザードは、妙に明るい口調で言った。
「てか、まさかこんな場所でお前に会えるとはな」
「――すまんが、名前を教えてもらえるか?俺には君が誰かわからないんだが」
「うげぇ。まじかよ」
 柚葉のセリフに、ウィザードあからさまにショックを受けたという態度をとった。
「オレだよ。オレオレ。」
「……詐欺か?」
 柚葉の冗談に、今度は腹をかかえて笑い出した。なんとも表情の豊かな男だ。
「オレだよ。飛鳥だよ。マジシャン時代に、アコライトだったお前と一緒に組んでただろ。」
 ウィザード――飛鳥の発言に、今度は柚葉が眼をみはり、明らかに驚いた表情で、
「お前……あの飛鳥なのか?」
「そうだよ、柚葉。なつかしいな」
 やっとわかったか、とでも言いたそうな顔で飛鳥はうなづいた。
「で、お前のほうは何してたんだ?聖職者様としてのお仕事か……」
 そこまで言ってから、飛鳥は柚葉の胸に輝くロザリオに目をやった。
「あれ……なんだそのロザリオ」
 “その”ロザリオは、非常にきれいなつくりをされており、高名な業師による作品である事が一目でみてとれた。
 ……だが、そのロザリオには刃物のようなもので付けられた、横一文字の切り傷が付いていた。
「それ……なんだ?」
 柚葉は、ロザリオを手のひらにのせ、戸惑うように、ゆっくりと口を開いた。
「これは――俺の堕天の証だ」
「なに……」
 柚葉の発言に、信じられないという顔つきで飛鳥は聞き返した。
「俺……教会を追放されたんだよ」



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