昼の暖かい光が窓から差し込む大聖堂で、初老の神父が青年と向かい合っている。青年のほうはまだ若く、二十歳になるかならないかといったところだろう。周囲の目を引くような美しい真っ赤な髪に黒い瞳、顔には少し小さめの眼鏡をかけている。不意に――

「此度の事だが……」

まるで諭すような口調で、神父が青年に向かって口を開いた。

「柚葉……あなたの行った行為について正式な処置が決まりました」

「……」

 神父の言葉を一語一句受け止めるかのように、青年――柚葉は黙って頷いた。

「あなたの処置は……教会からの破門です」

「破門……?」

 神父の発言に半ば驚いたような表情で柚葉は問い返した。

「はい」

「なんだ……。死刑じゃないのか?」

 問い返したが、返答が変わらなかったことにすこし呆れたような表情でつぶやく。

「国王陛下が、そなたのこれまでの働きを認めてくださり、恩赦のご慈悲を下さったのです。分かったならば、早々にこの教会から去りなさい」

 柚葉の態度に腹が立ったのか、平然を装いながらも多少荒れた口調で神父は言った。

 それに対して柚葉の方は、いかにも興味がないというそぶりで、

「まぁ――せっかく生きながらえたんだ、生きてやるよ。醜くな……」

 高らかに言い放ち、その場を後にした。

 

「……なぜこのようなことになってしまったのでしょうか」

 柚葉のいなくなったあと、柚葉の出て行った扉を見つめながら神父は一人ぼやいた。

「この教会に捨てられ……神に仕えるアコライトとして、そしてその上級職であるプリーストとして成長し……歴代でも一・ニを争うほどの天才として人々のために尽くしてきたあの柚葉が――。まさかこのように人を殺し、罪人としてこの教会を追われることになろうとは……」

 そういって神父は、天井を仰いだ。

「雪音……あなたの死は、こうまでもこの教会を変えてしまったのですね」

 

 

 

(また死ねなかったな――)

(姉さん――俺は死ねないのか?)

(あなたのところに行く事は……できないのか?)

 行く宛てもなく、しばらく歩いているといつの間にか町のメインストリートに出ていた。ここ、ルーンミッドガルドの首都であるプロンテラには、多くの人々があつまる。とくにこのメインストリートは昼夜問わず人々の活気があふれており、時間を問わずに多くの露天が立ち並ぶ。それらを買うために大陸中からあつまる冒険者。その冒険者相手に商売をする商人。自分と共に旅や狩りをする仲間を探すために集まる者。それぞれ誰もが、自分の目的を果たすためにこの町を訪れ、そして去っていく。止まることを知らない時間の流れ――

その活気にあふれた街道を進んでいると、自分がいかになにもない人間であるかを実感させられる。

(俺は本当に生きていると言えるのか?)

 ここに集まる者たちからは、みな生きた匂いがする――

(自分自身で死を望み……一日一日を退屈に過ごしている俺に……)

 はたして今の自分には…同じような生きた匂いはするのか――?

 ふと周囲を見やると、一人の少年が母親の手を引いて駆けていくのが目に入った。

「お母さん、はやくはやく!」

「ティル、そんなに急がなくたってお店はなくならないよ」

 どこにでもありふれた景色……

 だが、今の自分にはそれすらも美しく見える――

 

 

 そのとき――

「テロだーっ!!」

 空を切る誰かの叫び声とほぼ同時に、突如として現れた数々の魔物がその場にいた人々を襲いはじめた。古木の枝というアイテムを誰かが折ったのだろう。

 古木の枝は、一見すると普通の枝と変わらないが、闇の魔力がかけられており、それを折ることでその場に魔物を呼び出すという不思議な力がある。人々の集まる場所で、時折テロリスト達がそれを利用して町を混乱に陥れる。周囲で逃げ惑う人々、そしてなによりも体にビリビリと伝わってくる強烈な邪気。それによって、普段以上にテロの規模が大きいのは容易に想像がついた。

 そして……

「ティル、ティルーっ!!」

 柚葉のすぐ後ろから、先ほど横を駆けていった少年の母親の叫び声が聞こえた。

「どうしたっ!」

 振り返ると、そこには矢を撃たれ倒れこんでいる少年とそれを抱きかかえる母親の姿があった。少年の口元に耳を近づけると、微かだが呼吸音が聞こえてきた。

「まだ息があるか……さがれっ」

 そう言って母親を少年から離れさすと、柚葉は少年の傷口に手をやり

「我汝が傷を癒さん!ヒール!」

 口早に呪文を詠唱し、腕から癒しの光を放った。柚葉の腕から放たれる光を浴びて、少年の傷口は少しずつ塞がり、顔色もよくなっていった。

「これで大丈夫だ。早く安全なところへ連れて行くんだ――」

「はっ…はいっ。あ…あの、ありがとうございました」

「礼はいい、早く逃げるんだ」

 少年を抱きかかえた母親が、人々の流れに沿って逃げていくのを見送った後、柚葉はいまだ治まることをしらぬテロ現場を睨みつけ、

「どこまでできるかわからんが……やるしかないか」

一言ポツリと呟き、その方向に向かって一歩を踏み出した。



Previous/Next
Back