「ゆず!」

 雪乃の叫び声が辺り一帯に響き渡り、その場を一瞬の静寂が満たした。

 自分の目の前で力なく倒れ落ちる柚葉に、すがりつくように寄り添う。

「ゆず!ゆず!やだ……やだよ、目を開けてよ」

 寄り添い、その体を揺らすが反応が無い。

 雪乃の瞳に大粒の涙がたまり、その頬を伝い落ちる。いつしかその呼び声は叫び声へと変わり、嗚咽の混じった声が辺りを満たしていった。

「いやぁぁあああ!」

 雪乃の口から、悲痛の声が上がる。

 その瞬間、雪乃の体を淡い光の膜が包み込んだ。

 その光の膜は次第に大きくなっていき、いつしかその辺りいったいを包み込むほどになっていった。

 

 

 

 叫び声をあげた雪乃は、不意に意識が遠くなるのを感じていた。

 目の前は真っ白い空間が支配し、なにもない白紙の場所に自分だけが取り残されているような気分になってしまった。

「ここ……どこ?」

 わけもわからず、雪乃はポツリとつぶやいた。無論、その言葉に返答は無く、辺りの静けさが余計に増したような気さえした。

「……ひとりぼっち」

 そんな言葉が、頭の中に浮かんだ。

 それは、姉が死に、柚葉という憎む対象だけを求めてさすらっていた時に感じていた気持ちとよく似ていた。

「そっか……また、私一人になっちゃったんだ……」

 憎しみで満ちた瞳で見つめた柚葉と、いつしか共に旅に出るようになり、自分でも気づかないうちに柚葉に惹かれ始めている自分がいた。

 しかし、それすらも今失ってしまった、そんな気がした。

「ゆず……ゆずぅ……」

 ぽろぽろと零れ落ちる涙が。まるで自分の気持ちを表しているように思えた。

「雪乃?」

「ぇ……?」

「だめじゃない、ここまできちゃ。みんな心配してるわよ?」

「おね……ちゃん?」

 振り返るとそこには、いつもいた笑顔の姉の姿があった……

「本当に、雪乃は甘えん坊さんなんだから」

「……なんで」

「でも、雪乃ももう一人前になるときがきたってことね……」

 何が起こっているのかすらわからない状態のまま、目の前にいる姉の言葉を聞く雪乃の頭は、こんがらがってしまいそうだった。

「本当に……私みたいな生き方するなっていったのに……」

「……うん」

「でも、それが雪乃の決めた道なんだね」

「……うん」

「わかった……」

 そういって雪音は、雪乃の体をそっと抱きしめた。

「だったら、泣いてちゃダメ。強く、強くなりなさい雪乃……」

「おね……ちゃん?」

「今、雪乃に私の力を……」

「お姉ちゃん?なに……どういうこと?」

「……」

 雪音の言葉に、不安そうな表情で問い返す雪乃に、雪音はすこし困ったような表情になった。

「雪乃……ゆずが好き?」

「え……」

「好き?どっち……?」

 姉からの、突然の質問に戸惑いながらも自分の気持ちを考える。

 それは、アルデバランで倒れる柚葉を見たとき、気づいていたことだった……

 だが、それを雪音に……柚葉を愛し、また愛された姉に、言うべき言葉なのかがわからなかった――

「お願い、答えて……」

 戸惑う雪乃に、雪音はやさしい口調でつぶやく。

 その声は、まるで祈りのようにも聞こえた……

「好き……だよ」

「……そっか」

「お姉ちゃん……私……私!」

「いいの、言わないでいいの……雪乃が、ゆずを好きになって……いつかゆずも雪乃を好きになって……そうやっていつの日にか二人が幸せになってくれたら……」

 雪音の瞳が、今にも泣き出しそうに潤んでいることに雪乃は気づいてしまった。

 自分が柚葉を好きになったように、雪音は本気で柚葉を愛していた……

 それでも、死んだ自分よりも生きた二人の幸せを祈る――

 それは、簡単に認められるようなことではなく、逆に認めたくないようなことだろう。

 だが、雪音は……

「泣いちゃダメだよ?雪乃……。私は、雪乃の笑ってる顔好きなんだよ?お姉ちゃんの言うこと、わかってくれるよね?」

「うん……」

「うんうん、雪乃なら大丈夫だよ。きっと、これから先どんなことがあっても……ゆずと一緒にのりこえていけるよ」

 そう言って微笑んだ。今にも泣きそうな瞳で、今にも崩れ落ちそうな体で、それでも微笑んだ……

「ゆずを……お願いね」

「……」

 それだけ言って、雪音の姿は消えた……

 消えた後、雪乃の体にキラキラと光る何かが上から降ってきた。

「暖かい……光?」

 呟き、雪乃はそっと手を差し出した。手のひらに落ちたそれは、音もなく消え、当たったその場所に暖かい感触が広がった。

「お姉ちゃん……」

 降り注ぐ光を見つめながら、雪乃の瞳を暖かいものが伝う。先ほど泣かないといったが、どうしようもなく流れ落ちる涙を、雪乃はいやだとは思わなかった。

 泣くことを、辛いと思えなかったのだ。

「お姉ちゃん!」

 雪乃は、その光に向かって両手を広げた。その光を全て受け止めるように……

「私……いくよ!」

 光が周囲を満たし、雪乃はいつしか微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 光が治まったとき、雪乃は、その中心で微笑みを浮かべていた。

 周囲を見渡すと、大きなダメージを受け、瀕死の状態で倒れこんでいたはずのリュウヤやレイナがその場に立ち上がっている。

 それまで感じていた痛みも、疲れすらも飛んでしまった今の状態に、不思議そうな顔をしながらも、体に満ち溢れてくる力にその表情は焦りよりも強い意志を感じていた。

「これが……巫女の力……」

 その状況に、それを見つめていたクラークがポツリと呟く。

クラーク達もまた、さきほどドラキュラとの戦闘で負った傷が、全てが消えてしまっていた。

「グ……グギィ!」

 ドッペルゲンガーの方を見やると、こちら側とは対照的にその顔に苦痛の色を見せていた。

 バチバチと音をたて、ドッペルゲンガーの姿が黒い霧のような姿へと変わっていった。

「オノレ……オノレェェエエエ!」

 叫び声を上げ、雪乃に襲い掛かるドッペルゲンガー。

 だが、その攻撃は雪乃に届くことなくリュウヤによって制された。

「フン……これ以上好き勝手はさせないぜ!」

 ヒュンと空を切る音を立て、リュウヤの剣が舞う。その瞬間、ドッペルゲンガーの体は宙を舞い、はるか後方へと弾き飛ばされていった。

「きっしょー!」

 毒々しい叫び声を上げながら、その体を消そうとするが、その瞬間――

「その地に放たれし力を、封じ込めよ!ランドプロテクター!」

 地面に投げつけられた石が光を放ち、周囲に黄金色に輝く光の絨毯のようなものが引かれた。

「逃がさねぇよ!」

 そちらの方に振り返ると、そこには口元に笑みを浮かべる飛鳥と、シィーナの姿があった。

「キサマラァァアア!」

 叫びながら、なんとか体の形状を変えようと目論むが、飛鳥の杖が光り、放たれた稲妻の閃光によって再び後方へと吹き飛ばされてしまい失敗に終わった。

「終わりなんだよ!」

 ゆらゆらとゆれるような霧となったドッペルゲンガーに、飛鳥は叫ぶ。

 それから周囲を見やると、その場にいたリュウヤ、レイナ、そしてクラーク達もまた飛鳥の周囲に集まった。

「ゆずは……?」

 不安そうな表情で呟く飛鳥に、レイナが目で合図する。

 その視線を辿っていくと、探し人はその中心部に立ち、力を使って倒れかけた少女を抱きかかえていた。

「コレで……終わりにしようか」

 呟かれた柚葉の言葉が、周囲に響き渡った。



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