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「はい、そこまでだよ」
突然飛鳥達の間に入った男が、口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。
「……」
目の前に立つその男に、飛鳥は見覚えがあった。それは、今まで自分が捜し求めてきた男だったのだ。
「よくきたね……飛鳥。二人で待ってたんだよ?」
そういって笑う男の横に、リリスが姿を現した。そのことからも、目の前にいる人物が幻ではないこと、間違いではないことがわかる。
「……シウス師匠」
「ひさしぶりだね」
シウスは、笑いながらこちらへと手招きをしてきた。その前とあまりにも変わらない姿に、安堵感と一抹の不安とを感じながらも、飛鳥はその指示に従った。
☆
シウスに先導され、たどり着いたのはゲフェンタワーの最上階だった。
そこには、ウィザード達が集まる職業ギルドが存在する。さらに、そこから奥へと進む。すると、本来一般の者では立ち入ることのできない場所に、小さな一室があった。
「ここだよ」
ニコリと微笑むシウスに半ば仕切られるような感じで、飛鳥達はその部屋に入った。
「……これは」
そこには、何百冊といった本が立ち並び、数多くの魔道具がおかれていた。
それらは、どれもが貴重なものばかりで、素人目に見てもすばらしい一室だった……
「まぁ、ちょっと狭いけどそこら辺に座って。すぐにお茶の用意をするよ」
「あ……はい」
言われるがままに、飛鳥とシィーナは腰を下ろした。見ると、その部屋のすごさに賢者であるシィーナでさえも驚きを隠せないでいた。
「……すげぇな」
シィーナを見つめながら、飛鳥はポツリとつぶやいた。それに対し、無言でコクリと頷いたシィーナの方も緊張しているのがわかった。
「さてっと……まぁ、楽にしてよ」
「いや……さすがにこれじゃ……」
「あはは。ごめんね、もっとちゃんとした部屋で話せればいいんだけど、そうもいかなくてね」
「いや……そんな」
前までとかわらぬ笑顔でしゃべるシウスに、飛鳥は半分頭の中が真っ白になりかけていた。
ずっと待ち望んできた時間。だが、それが叶うとどうしていいかわからなくなってしまっていた。
「まぁ……本題に入ろうか」
「あ……はい――」
先ほどまでとはうってかわり、真剣な面持ちで自分を見つめるシウスの姿に、かなりの威圧感とプレッシャーを感じる。
さすがは、このミッドガルド大陸の中でも五指に入るといわれるほどの力を持った男である。その威圧感はそこらの人間とは質がまるっきり違っていた
「飛鳥、君に僕が超えられるかい?」
「ぇ……」
「そう言って、僕は君の前から姿をけした。そして、君は僕を超えるために努力し、また僕を捜し歩いたんだね」
「……はい」
シウスの瞳に、一瞬寂しさのようなものがよぎった。
「ではあえて……今ここで聞こう。君は、今の自分で僕に勝てるかい?」
「……」
その言葉に、飛鳥の脳裏に先ほどの戦闘がよぎる。
ユークと水澄の力の前に、一人ではどうすることもできなかった。おそらく、シウスならばあの二人を相手にしても自分よりもはるかにスマートに勝利をしていただろう。
だが、結果としては勝利をしたが、自分はシィーナの力を借りて何とか勝利をおさめただけだった。
そんな自分が、今シウスと戦ったところで結果は火を見るより明らかだった――
「もう一度……オレは修行をしなおします」
「うん、それがいい……僕はそのときが来るまで待とう」
「……はい」
自分を見つめるシウスの微笑みに、飛鳥は涙が出そうになった……
☆
お茶を飲み、一段落着いたところでシウスが口を開いた。
「ところで飛鳥……君は柚葉と行動を共にしているんだったね」
「え……ぁ、はい」
「そして彼は……いまこの塔の地下でドッペルゲンガーと戦っている……」
「……はい」
全てを見透かすような口調に、飛鳥は多少の焦りを感じた。
「行かなくていいのかい?」
「え……」
「彼の場所へ……だよ」
寂しそうな表情でしゃべるシウスに、飛鳥は不思議な表情で問い返した。
「まぁ……少しお話をしておこうか」
「はい」
「まず、ここ最近だけど、僕は私設ギルドをつくった」
「え?」
そう言ってシウスは、手元にエンペリウムを置いて見せた。
「聖十字……それが僕のギルドの名だ」
「そうなんですか……」
「うん。活動内容は……そのうち否が応でも君も理解することになるだろう」
「……どういうことですか?」
飛鳥の問いかけに、シウスの表情が少し曇ったのを飛鳥は見逃さなかった。
「君が柚葉と共にいる限り……ディスタンスとの衝突は避けられない……」
「ディスタンス……死神部隊……」
「そう。そして、その頂点に立つあの女……」
シウスの腕がカタカタと音を立てて震えだした。
「あれを止めねば、いずれこのルーンミッドガルドはやつらの手におちるだろう……」
「……」
「彼女たちは、この世の裏をすべる者たちだ。歴史の裏舞台で何度となく登場し、この世界を築き上げてきた者たちだ……。だからこそ、彼女らは世界がどんなに平和になってもその裏で、その平和を守るために戦い続けてきたのだ……」
シウスの表情が、今にも泣き出しそうな表情へと変わっていく。
「だが、彼女らはいつしか日の光を浴びることを望み始めた……そして、ヨルブリンガルを中心にその力を肥大化していっているのだ」
「……」
「その力が、いつしかこのルーンミッドガルドを手に入れるために動く……それまでに、僕らが彼女を止める……。そのために組織したのが聖十字だ。ユークや水澄はそのメンバーの一人なのだよ」
シウスの言葉に、ユークと水澄がよろしくお願いしますと頭を下げた。
「いつか……君たちの力が必要になってくるだろう……。僕の育てた、僕をいつか超えるであろう存在の飛鳥。歴史上最高の才能に恵まれ、巫女を守るべき存在となった柚葉。己の信じる道を目指し進む璃緒。……そして巫女である少女」
シウスの瞳が宙を仰ぐ。
「皆に……僕は願うことしかできない……君たちに託すしかできないんだ」
その姿に、飛鳥は小さくその肩を震わしていた。今まで見たことのないシウスの弱さに、人間を感じていたのだ……
「さぁ、行きなさい飛鳥。君は強くなるために柚葉の元へと走るのです。今彼らは死へと向かいつつある、彼らを助け、共に成長しなさい」
「……」
「そして……僕を超えていくんだ……」
その言葉を合図に、飛鳥はその場に立ち上がった。
「オレは……ゆずを守っていきますよその命にかえてもね……」
「……」
「そしてオレは……あなたを超えて見せます」
そういって振り返った飛鳥の表情は、これまでのシウスを超えることを願い、どことなく寂しさを帯びていたものとは異なり、強い決意に満ちていた……
☆
暗い洞窟の中を歩くクラーク達は、ようやく洞窟の三層にたどり着いていた。
「クラーク、このあたりだと思いますが」
「あぁ……わかってる、さっきから体中にヒシヒシと伝わってきてやがる……ドッペルゲンガーの放つ魔力がな」
時折聞こえる激しい爆音から、いまだに戦闘が続いていることは明らかである。
だが、進んでもその姿が見えないでいた。
「ヴァッツ……お願いから歩きながら寝ないでね」
「ぉー…」
フラフラと千鳥足のような足取りであるくヴァッツに、ルビーが心配そうにつぶやいた。
「まったく……」
その姿に、一瞬ため息をついてからクラークは立ち止まった。
「お前は……ん?」
何かを言いかけ、クラークは周囲から聞こえる音にその耳を傾けた。
「聞こえる……」
「え?」
「叫び声……こっちだ」
確かに聞こえた少女の叫び声に、クラークはそちらに向かって走り出した。それに対し、ルビーとヴァッツの二人もついていく。
しばらく進むと、そこにはあたり一面戦闘の跡を思わせる傷の残った一帯にさしかかった。そこからまた少し進むとそこには――
「な……」
「ゆず!ゆずぅ!」
見やると、そこには柚葉の体にしがみ付き、泣き叫ぶ雪乃の姿があった。
また、そのしがみ付いている柚葉の体からは、ドクドクと赤い血が流れ出ており、その体はピクリともうごかなくなっていた。
「いやぁぁあああ」
それを見つめるクラーク達の目の前で、雪乃が叫び声を上げた……
その瞬間――
まばゆい光が雪乃から発せられ、そのあたり一帯を飲み込んでいった……