ふわりと音をたて、飛鳥の体が宙に舞う。それに対し、水澄は斜め前に数歩進み、飛鳥に向けて杖を構える。そこで、地面に足をついた飛鳥に向かいフロストダイバーの魔法をかけた。飛鳥の方は、杖で地面を突きフロストダイバーの進行線上から飛びのいた。それによってフロストダイバーの軌道から離れた飛鳥は口早に詠唱を開始し、ソウルストライクの呪文を放つ。それをよんでいた水澄は、即座にユピテルサンダーの呪文を飛鳥へと放った。

音もなく後方へと飛ばされそうになる飛鳥だが、先ほど地面に突き刺していた杖を握り締めてそこで体を止めた。

 再び宙を舞い、水澄に近づく。そして、握り締めた杖を水澄の肩めがけて勢いよく振り下ろした。それに対し水澄の方は、体をそらしてなんとかその一撃をかわし、飛鳥の腹部めがけてソウルストライクの魔法を唱えた。

 バチィという音を立て、飛鳥の腹部にソウルストライクがぶつかる。だが、その一撃によろめくこともなく飛鳥はその体のバネを活かして水澄に向かってまわし蹴りを放った。

 さすがの水澄も、これはかわしきれず腕で受け止める。だが、その衝撃に足がふらついて地面にへたれ込んでしまった。

 その状況に、飛鳥は杖を逆手に持ち替えて水澄の腕めがけてソレを突き出す。が……

「凍てつく氷の舞い!ストームガスト!」

「くっ」

 その言葉を放ったのは、水澄ではなかった。後で控えていたユークが言い放つその言葉を合図に、飛鳥と水澄を中心に氷の風が舞う。

 先ほどの水澄のそれとは比べ物にならないほどの衝撃が飛鳥に襲い掛かり、飛鳥は大きく後方へと吹き飛ばされてしまった。

「……ぐっ」

 ストームガストの直撃で、体中に痛みが走る。だらりと落とされた腕はからは血が流れ、力が入らない。

 服にかけていたマルクカードの力で凍結はなんとかしないものの、それによって助けられることもまたない。

「遅いのよ……あんたは」

 飛鳥に蹴られた腕をさすりながら、水澄が横目でユークを睨みつけた。

「しかたがないだろう?」

「まぁね」

 二人が喋っているのを横目に、飛鳥は黙って考え込んでいた。

(異常なまでに早い高速度詠唱からなる水澄の呪文と、詠唱が遅い代わりに威力が高いユークの呪文……か)

 自分の体を見やり、まだ何とか動くことを確かめる。だが、先ほどまでのように体術をつかった攻めはもう無理だろう。

(さて……どうするか……)

 思考をめぐらせる。今の状況を頭の中で整理し、考える。自分の体はまだ何とか動く物の、ほとんど動かないのと大差ないほどに傷をおっている。

逆に相手の方は、ほとんど傷一つおっていない状態である。水澄の方の高速度詠唱は、詠唱の速度だけでなく本人の判断力の高さも突出して高いことがわかる。こちらも冷静に行動が出来れば考えがまとまるかもしれないが、今の体の状態でそれができるかはわからない。

 また、あちらにはユークの存在もある。詠唱の早い水澄の呪文に気を取られていると、そちらの呪文によって先ほどのように大きなダメージを受けてしまう。

(こいつら……本当に強い……)

 師匠が、自分の力を推し量るために放ったのがこの二人の本当の狙いなのだろう。この危機を乗り越えれない程度ならば、会う意味もないといったところだ。

「あのさ……」

「え?」

 突然後から話しかけられ、飛鳥は振り返る。そこには、シィーナの姿があった。

「相手も二人ですし……私も手を貸しますよ」

「な……」

「それに……ここを通らないといけないのは私も一緒ですから」

 ニコリと微笑みながら言うシィーナに、飛鳥は言い返すことが出来なかった。

「そうだな……」

「うん」

 ここを越えなければ、師匠の元へは行くことができない。だが、二人でこの試練を越えるということは――

(だが……いまはそんなことを言うときではないか)

 その場に立ち上がり、持っていた白ポーションを口に含む。体の痛みが少し消え、腕も動くようになった。

「シィーナ……オレに命を預けてくれるか?」

「ぇ?」

「会ったばっかで……初めての連携で、オレの全てを信じろなんて言えない、でも……」

 飛鳥は、シィーナの瞳を見つめながら言う。それに対し、綺麗な輝きを保つシィーナの瞳が光り、その口元には微笑が浮かんだ。

「信じますよ、あなたを」

「そっか……じゃぁ」

 飛鳥は口早に自分の考えた作戦を伝えた。その作戦を聞き、シィーナは驚きに目を見開いた。

「え……それじゃぁ、あまりにも」

「でも……そうでもしなきゃ勝てないから」

「……ですが」

 シィーナの表情が困惑の色に染まる。それに対し、飛鳥は笑みを浮かべながら

「大丈夫、オレは死なない。約束してるんだ……あいつとな」

 死ねない、その理由があるから。待ってくれる人がいる、帰るべき居場所がある。それが、なんと嬉しいことだろうか。

「あの日……雪乃に言った言葉はオレに向けた言葉だったのかもしれない」

「え?」

「いや……なんでもない、いくぜ?」

 杖を下に向けて構え、体をらくな体勢に保つ。それを見て、水澄とユークも臨戦態勢にはいった。

「語らいの一時は終わりましたか?」

「あぁ、待ってもらったみたいで悪かったな」

「いえいえ、これで終わったのでは面白くありませんから、かまいませんよ」

 余裕の表情で二人を見つめるユーク達は、飛鳥の体を見る。その状態から、相手に残された呪文は撃てて数発といったところだろうと判断する。

「ってことで……22になるわけだが……」

「かまいませんよ」

「ありがとよ……」

 その言葉を合図に、飛鳥は水澄に向かって駆け出した。

 狙いは一点、先ほどと同じく水澄の肩。

「あはは、同じことの繰り返しですか?」

「黙れ……」

 水澄の放つユピテルサンダーを紙一重でかわし、大きく杖を振る。その一撃は、水澄に簡単にかわされてしまう。そこから続けざまに蹴りを放ち、杖を振り下ろす。先ほどうけた一撃の傷が治っていないことから、飛鳥の動きは遅く水澄はいともたやすく避けていく。

 だが、それすらも飛鳥の狙いだった。いつしか、避けることに集中していた水澄は、ユークのいる位置まで下がらされていた。

「いまだ!シィーナ!」

「はい!」

 その言葉を合図に、シィーナの腕でブルージェムストーンとイエロージェムストーンが光を放つ。

「その地に放たれし力を封じ込めよ!ランドプロテクター!」

 その光が大きくなり、四人の足元に光の結界がはられた。その地に、いかなる魔法をも設置することが出来なくなるセージの高等結界術ランドプロテクターが発動したのだ。

「くぅ」

 その力によって、ユークの詠唱していたストームガストの呪文がかき消される。

「……邪魔」

 ストームガストの放てなくなったユークを払いのけ、水澄が前に出る。

「ランドプロテクターでも……個別呪文はとめれない、私の術はとめれない!」

 それまで冷静だった水澄が、多少荒れた口調になる。それだけ見ても、焦りを感じているのが見て取れた。

「闇夜を切り裂く稲妻の閃光!ユピテルサンダー!」

 腕から放たれたその術は、水澄の心を表しているかのように単調な一閃となった。そうなれば、いくら傷を負っているとはいえ飛鳥には簡単によけることができる。

「焦りは……判断を間違えさせるぜ?」

「くっ……」

「漆黒の魔女の魂よ、舞え!ソウルストライク!」

 水澄にむかって放たれたソウルストライクは、ギリギリの所でよけられた。だが、

「雷鳴の閃光!ユピテルサンダー!」

 続けざまに放たれたユピテルサンダーで水澄は後方へと飛ばされてしまった。その姿に驚いたユークに、飛鳥の蹴りが舞う。何とか体勢を整えその衝撃に耐えようとするも、ユークは水澄とほとんど同じ位置にまでとばされてしまった。

「精神力ももう残ってない……これで終わりだ」

 静かに呟き、飛鳥は腕を掲げる。

「…………」

「そ……その呪文詠唱は……ロードオブヴァーミリオン……?」

 ロードオブヴァーミリオンは、非常に高い威力をもった雷の呪文であるが、ストームガストと同じくランドプロテクターの前にその力はかき消されてしまう。はずだが――

「自分の足元を見るんだな」

「ぇ?」

 飛鳥に言われ、水澄は自分の足もとに目をやる。そこには光り輝く結界が……なかった。

「そ……そんな、さっきの呪文や攻撃は……」

「お前ら二人をその位置に行かせるためさ!いくぜ、全てを包み込みし雷帝の抱擁!ロードオブヴァーミリオン!」

 飛鳥の言葉を合図に、二人を中心に巨大な稲妻が降り注ぐ。あまりに突然の事態に、水澄もユークも一歩も動くことが出来なくなっていた。

だが、その稲妻が二人を飲み込む瞬間――

「はい、そこまでだよ」

 二人のウィザードは、一人の男によって担がれランドプロテクターの上まで移動させられていた。



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