「……クラーク?」

 眩いまでの光を放ち、消滅したドラキュラを確認したルビーが、クラークに声をかける。それに対してクラークの方は、ただただ虚空を見つめていた。

 様々な感情が心を駆け巡る中、クラークは小さく口を開いた。

「闇にのまれていたのは……俺の方だったのかもしれないな――」

「え?」

「いや……」

 瞳を閉じてあの日を想う。あの日……もしも自分が何かを察すことが出来ていたら――

「クラーク……」

「……なんだ」

 クラークを見つめるルビーが、微笑んでいるような、困っているような、よくわからない表情になる。それに対してクラークの方は、今にも泣き出しそうな、子供のような表情で見つめ返している。

「私は……傷を隠して生きる事が強いこととは思いません……」

「……」

 かつて、自分もそうであったように……。人は誰もが自分の弱さを隠して生きようとする。それがゆえに人は脆く、儚い。それが美しいという者もいる……だが、自分は――

「自分の傷と向かい合い、それを乗り越えていく力こそ……本当の強さじゃないでしょうか」

 クラークの瞳から、一滴の涙が落ちる。それは、今までの自分との決別の涙……

「俺は……強くない」

「うん」

「だが……俺は逃げたくはない」

「うん」

 クラークは、淡々と呟く。まるで自分の迷いを打ち払うかのように……

「俺は進んでみせるさ……」

「私たち二人も……着いていきます」

「あぁ……」

 ヒトリジャナイヨ……

 彼方から……声が聞こえたような気がした――

 

「さてと……それじゃあ向かうとするか……三階層へ」

「はい」

「行くぞ、ルビー、ヴァッツ」

 コツコツという規則正しい足音をたて、二人は歩き出す。三階層へと続く回廊に向かって。

「……二人は?」

「えっと……まさか……」

「さっきも……静かだったと思ったら……また……」

 恐る恐る後を振り返る。そこには――

「ヴァッツ!貴様またか!」

 今度は立ったままではなく、堂々とその場に座って寝息を立てる自分の仲間の姿に、クラークはつい声を荒げた。

 その声は……暗きゲフェニアダンジョンの中で木霊し、やがて消えていった――

 

『一人じゃないよ、お兄ちゃんのそばには仲間がいる。それに……ずっと見てる、私もいるから……』

 

 

 

 ふわりという音をたて、飛鳥は宙を舞った。空中で弧を描き、相手の後ろに回りこむ。

「黒き魔女の魂よ、舞え!ソウルストライク!」

 空中で詠唱を完成させていた呪文を口早に唱える。その腕から紫暗の光が放たれ、二人のウィザードに向かう。それを読んでいたかのように。二人のウィザードは上体をわずかにひねりその呪文を受け流す。

「さすがですね……それだけの立ち回りをしながら、さらに詠唱までもやってのけるとは――」

 女性の方のウィザードが、小さく淡々と言う。だが、その表情には余裕にも見える笑みが浮かべられていた。

「そういえば……自己紹介がまだでしたね」

 にやけたような表情で、男性の方のウィザードが続ける。

「俺の名前はユーク、そしてこちらが水澄です。」

「わざわざ名前を名乗り……なにがしたい」

「余裕……ってやつでしょうか?俺たち二人にかかれば、あなたを倒すなど簡単なことですから……」

「ほぅ……」

 笑みを浮かべる二人を見つめ、飛鳥は杖を前方に構えて向き直る。それに対して、二人のウィザードは水澄が数歩前に立つ形でかまえた。

(あの自信……一体どこから――)

 先ほどからの余裕の表情に、飛鳥は多少の嫌悪感を抱いていた。

(ウィザード二人……実際には、どちらもが術を使うには詠唱が必要になってくる)

 その欠点をカバーするために、ウィザードやマジシャンは他職と組むことが多い。例えば前衛職であるナイトやアサシンといった職業に敵を足止めしてもらい、その高い威力を持った呪文を使う。また、飛鳥と柚葉のようにプリーストと組んで詠唱の速度を底上げし、プリーストに詠唱時間を稼いでもらうといった物などだ。

 だが、目の前にいる二人はそのどちらもがウィザードである。それでは欠点をカバーするどころか、逆に欠点を大きくしているような物ではないか。

(なんだ……いったいこいつらは何をもっているというのだ……)

 杖を傾け斜め前に構える。それから片足を一歩前にだし、体の上体をすこしそらす。

(さて……どう攻める)

 目の前に立つ二人は、飛鳥の方を見つめ続けている。飛鳥が何か行動を示すまで動かないつもりだろう。事実、このまま行動がなかったからといって階段を守るという相手の使命を果たせぬわけではない。

 逆に飛鳥の方は、こちらから攻めてでも相手を倒して階段を上がらなければならない。そうなると、どちらが先に動くかなどわかりきったことだった。

(相手がどんなものでも……いかなきゃ先には進めない――)

「……っ!」

 その声を合図に、飛鳥が二人に向かって駆け出した。前に出ていた水澄に向かい、杖をまっすぐ突き出す。それに対して水澄の方は一歩後ろに下がり、その杖を避ける。それを見て、口元に小さな笑みを浮かべてから飛鳥は体をひねる。そのまま体をまわして水澄に向かって蹴りをいれようとする……が、

「凍てつく氷の舞い!ストームガスト!」

「なっ」

 飛鳥の足元を中心に、風と氷の嵐が巻き起こる。攻撃をするため、無理な体勢になっていた飛鳥はその攻撃に抗う術もなく直撃し、後方へと吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛ばれた拍子に、身動きも取れぬまま地面に叩きつけられ体中に衝撃がはしる。

「……」

 だが、その衝撃よりも飛鳥は突然のことに一瞬何が起こったのか分からず困惑の表情を浮かべ黙り込んでしまった。

(なんだ……いまのは……)

 さして体に先ほどの呪文によってのダメージはない。だが、

(いま……あいつは詠唱をしていなかった……)

 自分が飛び込むことをわかって?飛鳥の頭が混乱で満たされていく。

(……わからない、だが――)

 まったく相手の能力が分からないまま、飛鳥は身震いを隠せないでいた。だが、何もしないままでは勝てない。飛鳥は口早に呪文の詠唱を開始する。

「おそいよ……」

「え……?」

 その言葉を合図にしたかのように、水澄の腕に握られていた杖が光を放つ。

「闇夜を切り裂く稲妻の閃光!ユピテルサンダー!」

「ぐあぁぁあ!」

 眼にも止まらぬ速度で放たれた稲妻が飛鳥の体を直撃する。その衝撃に、詠唱中だった呪文はかき消され再び飛鳥は後方に吹き飛んだ。

(また……)

 またしても、詠唱なしで水澄は呪文を放ってきた。先ほどと同じく、呪文自体のダメージはさほどない。が、

(なんなんだ……一体)

 畏怖感を感じ、自分を見つめる飛鳥にクスクスと笑いながら水澄は呟く。

「弱いね……」

「……っ!」

 その言葉に、飛鳥は無言の重力を感じるような気がした。確かに、水澄の謎の攻撃に手も足も出ない状態なのだ。

(たしかに……あいつの謎の力はやっかいだ……)

 だが、先ほどまでの二発は飛鳥にとって無駄だった物ではない。

(あいつ一人ならば何とでもなる……が――)

 二発の攻撃で、水澄のみならばなんとか攻略できるような戦法はくみ上げられていた。だが、

(もう一人のユーク……あっちはいったい……)

 水澄の後でクスクスと微笑みをうかべるユークの方を見やり、考える。水澄と共に自分を襲ってきていることから、ユークの方も特殊な力を持っているのは明白だ。だが、あちらがどんな力を持っているのかが分からない以上対策のつけようもない。

(どうする――)

 飛鳥の額に汗がたまる。それと同時にカタカタと体が音を立てて震えていた……

 握り締められた杖が熱を持ち、手のひらの汗でベトベトする。表情にはあきらかに焦りと恐怖の感情が見える。

(ユーク……あっちは一体なんだ)

 見つめる先にいる男は、こちらを向いて皮肉じみた笑みを浮かべている。

(どうすればいい……どうすればこれをのりきれる……)

 焦る。意識して感情を冷静にしようとするも、言うことを聞いてくれない。

(ユーク……あちらの能力が分からなければこちらは何もできない……)

 カチャリと音を立てて再び杖を構える。今までの二回の攻撃で、水澄の力の理由は大体のところ判断が出来ていた。水澄の力は、異常なまでの詠唱速度が生むものである。威力に対して言えば、先ほどの二発同様突出したところはないものの、その速度は並外れた物である。それも、近くにプリーストが控えその速度を上げているわけでもない。

(だがこちらだけなら……何とかなるかもしれないが――)

 上体を起こし、杖の構えも解く。その様子に、水澄が表情を険しくする。

(詠唱の速度に紛らわされるな――)

 瞳を閉じ、数歩前に進む。それによって一番最初にいた位置まで戻った。

「……」

(攻める……しかない)



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