「はぁぁああ」

 闇を切り裂く声が周囲に響き渡り、続いて空を切る刃の音が響いた。漆黒の鎧を纏った騎士、ヴァッツの剣がドラキュラのすぐ横をかすめるが、その一撃を紙一重で避けながらドラキュラは不敵な笑みを浮かべた。

「ククク……愚かなる小僧共が、この私を殺せると本気で思っておるのか?」

「ふん……」

 それを横目で睨みつけながら、クラークはその周囲に現れた数匹のナイトメアを殴りつけた。アスペルシオの効果で、光を放つ杖を受けナイトメアが叫び声を上げる。それを合図にそのナイトメアの中心に駆け寄ったルビーが剣を地面に掲げ十字の光りを発した。

「魔なる者達、浄化せよ!グランドクロス!」

 己の力を十字の光に変え、敵を撃つクルセイダー専用の高等呪文グランドクロスが発動し、クラークの周囲にいた数匹のナイトメアが一瞬で消え去る。

 再びドラキュラに向き直ったクラークは、素早く詠唱に入りドラキュラに向かってホーリーライトの呪文をぶつけた。

「その程度の小さき力でこの私を倒せると思っておるのか!くだらん!」

「能書きはいい、続きは死んでからやるんだな」

「ふん、愚かなる者めが。その自分の愚かさを悔やむがいい」

 ドラキュラの指が動き、パチンという音が周囲に響いた。それを合図に、ドラキュラを中心に十数匹のこうもり、ファミリアーが姿を現した。ドラキュラの一喝と共に、出現したファミリアーの群れがヴァッツに向かって襲い掛かる。

「ずいぶんと……俺は弱く見られているようだな」

 その様子に、ヴァッツが苦虫をつぶしたような表情で呟く。

「……蹴散らせ、ヴァッツ」

「あぁ――」

 あからさまに不機嫌そうな表情のヴァッツに、クラークが静かに言う。その言葉に多少の喜びを見せながら、ヴァッツは剣を逆手に握りなおした。

「ボーリングバッシュ!」

 眼にも止まらぬような速度で、辺りにいたファミリアーの群れを切り裂く。その一撃で、全てのファミリアーが地面に落ちた。

「そろそろ――遊びは終わりにしようか」

 クラークが、その口元に皮肉交じりの笑みを浮かべる。

「ルビー奴の後ろを取れ!一気に畳み掛ける」

「はい!」

「ふん、愚かしい!わざわざ作戦を叫んでこの私が後をとらせると思っておるのか」

 怒りで我を忘れたドラキュラが、近くにいたヴァッツに襲い掛かる。まっすぐとヴァッツめがけて落とされた手刀をまるで気にせず、ヴァッツはほんの半歩ドラキュラに向かって踏み込んだ。その半歩で体のほぼ全てをその手刀の描く軌跡の内側へとヴァッツは移動させている。虚しく空振りする手刀を横目に、ヴァッツは握り締められた拳をドラキュラの脇腹に叩き込む。その衝撃で一瞬宙に浮いたドラキュラの胸の辺りに両手で握った剣を振り下ろす。

「ぐふぅ」

 その連撃を受け、ドラキュラの口からかえるがつぶれたような声が上がった。

 なおもヴァッツの攻撃は続く、胸を押さえふらつくドラキュラの腹部に強烈な蹴りをいれ、さらに顔面に向かって拳を叩き込む。ドラキュラもなんとかその一撃を止めようとその場に踏みとどまろうとするも、それを読んでいるかのようにヴァッツの連撃は続く。

 攻撃を受けながらも、なんとか体勢をもどしたドラキュラがその腕を横一文字にふり、ヴァッツとの間に距離をとる。が、その瞬間後に回りんでいたルビーに、背中を十字に切りつけられてしまった。

「グ……グゥ」

 なんとかこの状況を打破しようとするも、前後からの激しい攻撃に、身動きが取れない。やっとの思いで二人を引き離したが、その表情にはもはや笑みはなかった。

「おのれ……おのれぇぇええ」

 虚しいドラキュラの叫び声に、クラークはニヤリと微笑む。

「どうした?先ほどまでの愚かなコールは終わりなのか?」

「くぅ……」

 皮肉を言うクラークを睨みつけながらも、ドラキュラはその表情に焦りを隠せないでいた。

「……貴様等は確かに強い」

「あん?」

「だが……それだけだ」

 突然のドラキュラの言葉に、クラークが顔をしかめる。

「そして、貴様らが私に勝つことも無い。決してな――」

 そう言い放った瞬間、ドラキュラを中心に赤色の光が舞い上がる。

「死に行く者への手向けだ……」

「ちぃ――」

 ブオンという空を切る音があたりに響き渡り、紫色の光が宙を舞った。

「―――!」

 その光と共に、ヴァッツは音もなく後方へと吹き飛ばされた。なんとかその場に踏みとどまるも、体に力が入らず片膝を地面に落としてしまった。ヴァッツはドラキュラに向かい視線を鋭くする。が、相手は腕をだらりと伸ばし、構えすらも取らずに立っている。その姿に多少の畏怖感を抱きながらも、剣を前に構える。

「――っ!」

 衝撃も感じないまま、今度は上に向かって飛ばされた。見えない力でひっぱられているような奇妙な感覚にとらわれながら、そのまま地面に叩きつけられる。

「ちぃ――」

 その様子に、クラークは舌打ちをする。

「死ね!」

 そうドラキュラが叫んだ瞬間、今度はクラーク達三人の体が同時に宙を舞った。身動きも取れぬまま地面に叩きつけられ、一瞬視界がぼやける。

「くそ……」

 クラークの顔に焦りの色が浮かぶ。サングラスで表情が見えにくくなってはいるが、額に嫌な汗をにじましていることからも、そのことが分かる。

「……小さき者達よ、私にここまでさせたことを誇りに思い、逝くがいい」

「……黙れ」

 毒づいてはみたものの、これといって打開策が見つからない。周囲を見渡すと、数度にわたる衝撃でルビー、ヴァッツ共に地面に膝を落としている。もうほとんど力も残っていないのだろう。

(どうする――)

 頭の中にある情報を整理していく。だが、何の案も頭には浮かんでこない。その時――

『お兄ちゃん、諦めたらそこで終わりだよ?』

 突然、脳裏に声が響いてきた。

 どこか懐かしく、あたたかい声――クラークは、確かにこの声に聞き覚えがあった。

『立って。大丈夫、お兄ちゃんならきっとできるから』

 その声は次第にはっきりと聞こえるようになっていき、同時に体から痛みが引いていくような気がした。

(セシル……?)

 頭の中で、クラークは少女の名前を呼んだ。二度と戻ってくるはずの無い、自分にとってただ一人の肉親。

『私は……ずっと見てる、みんなを――』

 いつしか、クラークの瞳から一筋の涙が流れ落ちていた。

(あぁ……そうだな……)

 口元に小さな笑みを浮かべながら、クラークはその場に立ち上がった。

(俺は……諦めたりしない……)

 鋭い眼光を輝かせながら、ドラキュラを睨みつける。その瞳に、ドラキュラは背中に冷たい物を感じた。

「ドラキュラよ……貴様ら魔物は人を駆逐する生き物だと思っているのか?」

「……何が言いたい」

「人間は、貴様等魔物を従えさせることなどできないと思っているのかと聞いている」

 そう言いながら、クラークはその手を前に掲げた。その腕から黒き光が発せられ、周囲によどんだ空気が流れる。

「見せてやるよ、そして魅了されるがいい。黒白の堕天使と呼ばれし我が力をな」

 その言葉を合図にしたかのように、ドドドという地響きを立てながら、クラークの周りに十を越える魔物が姿を現した。

(頼む……ほんの一瞬でいい……時間を稼いでくれ)

 心の中で周囲にいる魔物達に呼びかける。それまでクラークの顔を見つめていた魔物達が、ドラキュラの方へと向き直り突撃を開始した。

(すまない……ありがとう――)

 捨て駒のような扱いをしてしまった魔物達に、謝罪と感謝の意を伝える。それから手に握っていた杖を投げ捨て、すぐさま自分の持ち物の中からソードメイスを取り出し、アスペルシオの呪文をかけた。

「ドラキュラよ……人は貴様が思っているほど小さくも、弱くも無い」

 小さく、だがはっきりと言い放ち、クラークはドラキュラに向かって駆け出した。それに対し、向かってきた魔物達を蹴散らしながらドラキュラはクラークへと向かう。二人が交差しようとしたその刹那――

「人は……己の意思で強く、大きくなれる生き物だ!」

 ふわりと宙を舞い、ドラキュラの背後に回りこむ。魔物達を蹴散らしたことで冷静な判断が出来なくなっていたドラキュラは、その状況にただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

「だから俺達は前を向いて歩く。今までがどんな過去があっても、そしてどんな未来がこれから先待ち受けていたとしてもだ!」

 ドラキュラに向かい振り下ろされたソードメイスが、眩い光を放ちあたりの空気を飲み込んだ。

 その光が治まったとき、その場に残されていたのはクラーク達三人のみだった。



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