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暗い回廊を降りると、そこから先は洞窟のような広間が広がる。小さな明かりを頼りにその洞窟を進んでいく。すると、目前にさらに下の階層へ続く階段が見えてきた。一歩一歩確実にその階段を下りていく。そこは、それまでの洞窟というよりは一種の神殿のような景色が広がっていた。遥かなる昔、ゲフェニアと呼ばれた古代都市の風景の一部をありありと残し、訪れた者達に吹き付ける痛々しい空気は、まさに古代魔法都市としての風貌を象徴しているかのようである。
そんな中に、三人の男女が姿をあらわした。一人は黒髪にサングラスによってその表情を隠したプリーストの男性。金糸の髪に、白銀の鎧を身に纏ったクルセイダーの少女。そして、金の髪と紫色の瞳をしたどことなく眠そうな表情の男騎士。
「この階層を越えたら、柚葉達のいる三階層に着きます」
横でけわしい顔をしているクラークに、ルビーが呟いた。それに対して「あぁ」とだけ答えたクラークは、さらに表情を険しくする。サングラスによってその瞳は見えないが、横にいるだけでも伝わってくるピリピリとした空気はあまりにも重いものだった。
「いるな――」
「え?」
突然のクラークの言葉に、驚きを隠せないでいるルビーが問い返した。
「柚葉は……コイツを捨てていったということか――」
「なに、どうしたというのです?」
「感じないのか――間違いない、この階層にいるぞ」
クラークは、その口元に皮肉な笑みを浮かべている。その姿に、ルビーは背中に冷たいものを感じた。
『この私と戦おうというのか――』
どこからともなく、謎の声が聞こえてきた。
『愚かなりし、低俗なる者どもよ……そうまでして死に急ぐか』
「だまれ――でてこいよっ!ドラキュラ!」
クラークの叫びと共に、辺りにいたファミリアの群れが重なり、漆黒の服を纏った男が現れた。
「小さき者達よ――その愚かさを呪うがいい」
「ふん……いつまでそんな減らず口が叩けるか――見せてもらおうか」
カチャリという音と共に、クラークはその右手に杖を掲げた。それを合図に、左右にいたルビーとヴァッツが剣を構える。
「俺達が……漆黒の闇に再び還してやるよ――」
☆
「うぅ……まだ着かないのか、最上階は……」
「えっと、もう少しだと思いますよ」
柚葉達と別れ、二人ゲフェンタワーの最上階を目指していた飛鳥とシィーナは、そのあまりの長さに疲労を隠せないでいた。
「はぁ……時計塔の最上階やら、ゲフェンタワーの最上階やら……なんで師匠の行く場所は高くて険しい所ばっかりなんだよ――」
「それは――やっぱり、他の方が来ないようにするためではないですか?」
「あぁ、そうなだろうけどさぁ……」
分かってはいるのだが、この階段をいつまでも上がらなければいけないと思うとついつい愚痴が口から漏れてしまう。階段を上りきると、そこには大きな広間が広がっていた。その様子を見て最上階に着いたのかとも思ったが、目の前に階段があるのを見つけ、まだ終わらないことを悟る。
「うぅ……まだ続くのかよ」
「あ、でもあの階段を上ったら終わりだったと思いますよ。前に最上階まで行ったことがあるので」
「だったかな……覚えてねぇよ」
シィーナの言葉に、飛鳥は疲れきった表情で問い返す。もともと、自分もウィザードの転職試験を受ける際にここの最上階に一度行っているはずなのだが、その時の記憶がまるでないのだ。苦しかったということしか頭に残っておらず、あとどれだけ上がれば終わりなのかなどはまったく思い出せない。
「オレ――記憶力低すぎるよなぁ……」
「そうですか?」
「うん、師匠に魔法の訓練とか受けてるときも知識面の授業とかまったく頭にはいらなかったもんな……」
自分で言っていて悲しくなってくる。正直、飛鳥は暗記系の科目はまったく苦手なのだ。
「でも……魔法の詠唱とかは完全に覚えてるんですよね?」
「まぁね……。でも、それも使わなくなったらすぐに忘れてしまいそうで怖い――」
「大変……ですね」
そこまで言い終わったところで、シィーナがクスクスと笑い出した。
「笑うなよ――」
「あはは、だって」
笑われたことで、飛鳥は気恥ずかしいような表情になる。その様子に、シィーナはついに声を出して笑い出した。
「ったく……かわいい女の子は笑わないでくれよ……」
「え?」
突然の飛鳥の言葉に、シィーナは立ち止まってその顔を見つめた。それに対し、飛鳥は多少頬を赤らめながら見つめ返し。
「余計可愛く見えちゃうだろ――」
一瞬、二人の間を静寂が支配した……
そして、少したってからシィーナはその顔一杯に笑みを浮かべ、声を上げて笑い出した。
「あははは、飛鳥君って本当に変な人ですね」
「な……変って言うなよ!」
その表情をみて、飛鳥も自然と口元に微笑を浮かべた。
「まぁ……行こうか」
「そうですね、行きましょう」
どうにか平常心を取り戻した二人は、一路最上階に向かって階段に近づいた。が――
「ん……」
「どうしました?」
「いや……」
不意に、人の気配を感じて飛鳥はその場に立ち止まった。
(――いる)
「誰だ?覗き見なんて趣味の悪いことをしてやがるのは……」
『クスクス、気づいたんだ』
「……姿をあらわせよ」
その言葉とほぼ同時に、飛鳥とシィーナのまえに二人の男女が姿をあらわした。一人は赤色の髪に深い紫暗の瞳、顔には柚葉と同じく小さなメガネをつけた男性。もう一人は、青く長い髪をした非常に端麗な顔の女性。どちらも、服装からしてウィザードであろう。
「ここから先は、関係者以外立ち入り禁止とさせていただいております」
「オレがくることは――上にいる人間にはわかっていたことだと思うが?」
「えぇ、あなたが来ることは言われていましたよ、飛鳥様。ですが、ここから先に行く許可は下りていないんですよ」
「ほぉ――」
睨み付けるように二人を見つめる飛鳥に、二人はクスクスと口元に笑みを浮かべている。その姿に、いつしか飛鳥は怒りを覚え始めた。
「なら――無理矢理でも通らしてもらおうか……」
「どうするおつもりですか?」
「貴様等二人には……ここで眠っていてもらう」
静かに呟いた飛鳥は、その右手に杖を構えた。それに対し、二人組みもまた杖を出す。飛鳥は「下がってて」とシィーナに一言言ってから、数歩前に出た。
「来いよ……倒せるんだろ?俺を」
飛鳥を見つめながら、赤毛のウィザードが小さく、だがはっきりと言い放つ。
「――後で何を言っても知らないからな」
それに対し、飛鳥も小さく答える。だが、見た目とは裏腹にその言葉に冷静さはなかった。
☆
「その姿――」
柚葉達のまえに現れたドッペルゲンガーの姿に、柚葉が皮肉じみた表情で呟く。
「ふふふ、かわいい姿でしょう?気に入ってもらえたかしら」
「……」
「あら、言葉も出ません?」
「……黙れ」
笑い声を上げながら喋るドッペルゲンガーに、柚葉は睨みつけながら返す。
「その姿で人の命を奪ってきたのか――」
「そうだよ?」
「そうか――」
ピリピリとした空気を放ちながら、柚葉は静かに杖を構えた。
「眠れ――漆黒の闇の奥で……」
その言葉を合図に、戦闘は開始した。ふわりと宙に舞ったリュウヤが、ドッペルゲンガーの横に立つ。柚葉は一瞬で状況を判断し、それぞれのメンバーに支援魔法をかける。その後に下がったレイナは、リュウヤの飛んだ反対方向に立つナイトメアに向かって矢を勢いよく放った。
ガキィィインという大きな金属音を立て、リュウヤとドッペルゲンガーの剣が衝突する。風のように舞うリュウヤに対して、まるで先が見えるかのように動くドッペルゲンガー。だが――
「そこだっ!」
「グッ」
腕の長さの差を利用して、リュウヤがドッペルゲンガーの剣を絡み取った。他の男性と比べてみても手足が長く、長身のリュウヤの前に、少女の姿をしたドッペルゲンガーは明らかに分が悪かった。
「ケケ……さすがにこのままじゃ私のほうに分が悪いね。変わらしてもらうよ」
そう言ってから、ドッペルゲンガーは黒い霧のような物に包まれた。そして、その霧が晴れ姿をあらわしたドッペルゲンガーは、赤い髪に小さなメガネの男性の姿をしていた。
「次は俺か――本当にムカツク奴だな……」
そう言いながら、柚葉は口元に苦笑いを浮かべた。
(どんな姿になっても――奴はドッペルゲンガーだ……)
そう自分の心に言い聞かせながらも、柚葉の心は不安で一杯になっていた。
(頼む……あの人の姿にだけは――)
心で呟いた一言は、まさに自分の不安そのものだった――