朝日がゲフェンの町を明るく照らし出す頃、町の裏通りに三人の男女がポータルで姿をあらわした。

「ゲフェン……か、ここに来るのも久しぶりだな」

 キョロキョロを辺りを見渡してから、黒髪のプリースト、クラークが呟いた。それに対し、横に立っていたルビーがコクリと一つ頷き、手に持っていた羊皮紙を手渡した。それには、ゲフェンの現在の状況が細かく書きこまれていた。それを一つ一つ丁寧に読んでいく。

「……ドッペルゲンガーが復活しているのか」

「はい、そうです」

「――そうか」

 羊皮紙をたたみ、ルビーに返しながらクラークは空を見つめた。

「……それで、あいつが向かっているんだな?」

 クラークの問いに、ルビーは頷いて答えた。昨晩一足先にゲフェンに来たルビーは、町の人たちからドッペルゲンガー復活の件と、それに際してリュウヤ、レイナの二人がドッペルゲンガー討伐に雇われたこと、そして赤毛のプリーストがその討伐戦に参加をしたという情報とを手に入れていた。

「もうそろそろ彼らはゲフェンタワーの地下に向かっている頃だと思います」

「わかった――」

 そう言ってからクラークは、懐からサングラスを取り出した。

「今日は――かけるんだ」

「……あぁ」

 普段はサングラス等をつけることのないクラークだが、時折それをつけて狩りに出かけることがある。その理由はクラーク自身にもわかっていないが、自分の存在を隠すため、自分の表情をソレによって封印しているようにも思えた。事実、サングラスをかけての狩りは常に彼にとって辛い状況下に置かれるものばかりであり、今回のように自分にとって見たくない現実を直視しなければならない場所への出入りを強制されたときなどだ。

「セシル――」

 サングラスを見つめ、呟いたその名は、今でもクラークの記憶の中に住む少女の名だった――

「……いきましょう、クラーク」

「あぁ……」

 そう言って歩き出した二人だったが、ふと違和感を感じて立ち止まった。

「……」

「……えっと」

「……まさか」

 その違和感を確かめるように振り返った二人が見た物は、その場で立ったまま寝息をたてているパーティーメンバーである騎士の姿だった……

 

 

 

「じゃ、オレ達はここから上にあがるから。またあとで必ず会おうぜ、みんな」

「あぁ、必ず――」

 早朝からゲフェンタワーの内部に集まった一行は、タワーの階段の前で二手に別れた。上階へ進むのは、飛鳥とシィーナ。本来飛鳥のみが上に向かうはずだったのだが、シィーナの強い希望で二人が飛鳥の師であるシウスの待つと思われる最上階へと向かうこととなった。そして、下に向かうのは柚葉、レイナ、リュウヤ、雪乃の四人。こちらは、非常に強力な力を持ち復活した魔物、ドッペルゲンガーの討伐を目的としたメンバーだ。

 

 飛鳥達との別れを済ませた柚葉達は、階段を一歩一歩確実に下っていく。数分間階段を下ると、それまでに比べて比較的広い空間に差し掛かった。ここからは、古代遺跡ゲフェニアの魔力が木霊しており、多くの魔者達が存在するダンジョンとなっている。

「一階層と二階層は一気に行くぞ、三階層で待つ“ヤツ”との戦いのために力は温存しておきたい」

 他の三人よりも一歩手前を歩くように進みながら、リュウヤが言う。それに対して、他のメンバーは頷いて返事をし、彼の後ろに続いた。

 そうこうしている間に、二階層にたどり着いた一行は、三階層への入口に向かって再び進みだした。だが、そんな中柚葉が不意に立ち止まった。

「ん?どうしたの、ゆず」

「いや……」

 急に立ち止まった柚葉に、他のメンバーが不思議そうな表情で振り返る。

(なんだ……この異様な気配は――)

 自分たちの探しているドッペルゲンガーは、この階層にはいない。だが、この階層で強力な邪気を柚葉は確かに感じ取っていた。

(俺がプリーストだからか……下の階層にいるヤツの気配をすでに感じ取っているというのか……?)

プリーストである柚葉には他の職業の者よりも邪気に対して敏感な体になっている。だからこそ、他のメンバーが感じないような邪気を感じることもある。だが――

(あきらかに異質な気配……これは確かにこの階層の中にある――)

 確かに、この階層に何かがいる。だが、それを言うにしても彼らの目指す先はドッペルゲンガーであり、それを前に戦闘はできる限り控えておきたい。

(何かが……いる――だが……)

「なんでもない、三階層を目指そう」

 なんとか気持ちを落ち着かせた柚葉は、他のメンバーに悟られないように普段どおりの表情で返した。それに対して他のメンバーも、多少気にはなった物のドッペルゲンガーを前にして気分が急いているのであろうとそれ以上の追求は避けた。

 さらに進んでいくと、三階層へ下るための階段についた。

「……またここに来るとはな」

「うん、今回は雪音がいない。でも……やらなきゃいけない」

 焦る気持ちを無理矢理押さえ込みながら階段を下っていく。それまでも暗かった室内よりもさらに暗い回廊を進むと、広い洞窟のような場所に出る。点々とおかれた明かりが細々と光り、よどんだ空気が否応なく肌に突き刺さる。痛みを覚えるほどの緊張感が体中を支配し、その空気に圧倒されるかのような気分に陥ってしまいそうになる。

 

「……くる」

 口をつぐみ、極度の緊張と興奮で静寂が満たしたその場で、一番の口を開いたのは柚葉だった。その言葉と共に、リュウヤが一歩前に踏み出す。柚葉を中心に、一歩下がった位置にレイナと雪乃が立ち、その三人を守る形でリュウヤが立つ。

 その状態で、一時の静寂が辺りを満たした。

 

「ゆず」

「え?」

 どこからともなく聞こえてきた声に、柚葉は辺りを見渡してみる。だが、かかってきた声は雪乃のものでも他の二人の声でもなかった。どこか懐かしく、不思議と安心感の沸く声――

「ゆず、こっちだよ」

 再び聞こえた声に、辺りを見渡す。それでも、声の主は自分の周囲にはいなかった。

「ほらほら、こっちだよ」

 次第にその声ははっきりと聞こえるようになり、柚葉は顔を覆いたくなるような衝動に駆られてしまった。

「ずっと呼んでるのに……わからない?あはは、ずっと見てるよ」

 声と共に大きな轟音が周囲に鳴り響き、十匹以上のナイトメアが姿をあらわした。

「……っ!」

 突然の出来事に、体の体勢を崩してしまった柚葉は、その場に片膝を付いてしまった。ソレを庇うようにリュウヤが前に立ち、ナイトメアの攻撃を受け止める。

「すまない、リュウヤ」

「かまわない」

 リュウヤは、両手に握り締めた剣の切っ先を前に立て、前かがみの状態になって先頭のナイトメアを押し返した。それに怯んだナイトメアの群れに向かって飛び込んだリュウヤに、柚葉は補助呪文を詠唱する。

「汝が内に眠りし力、呼び覚ませ!ブレッシング!」

 さらに、手に持った聖水をリュウヤの剣に向かって振りまきソレに魔法をかける。

「汝が剣に聖なる輝きを!アスペルシオ!」

 聖水のかかったリュウヤの剣に薄い光の膜がつき、それによってナイトメアへの攻撃に威力が増した。

 光の剣を掲げ、舞うように敵を切り裂くリュウヤの姿に、周囲は感嘆の声を漏らすと共に、前回と変わらないような今の状況に不思議な違和感を感じていた。

「多くのナイトメア……その中心にいるはずがいない“ヤツ”。前回とあまりにも似ている――」

 違和感を感じざるを得ない今の状況に、柚葉はあきらかに焦りを感じていた。

(ヤツはどこにいる――セシルを前回襲ったように……どこかから攻めてくるとしたら)

 その瞬間、柚葉の頭にセシルの叫び声がよみがえる、脳裏に焼きついて離れないあの時の声、そして――

「そこかっ!」

 そう言い放った瞬間、柚葉は体のばねを活かして杖を雪乃のすぐ前に振り下ろした。

「ガァァアア」

 その杖が、何かを突き飛ばした。

「やはりソコか、ドッペルゲンガー!」

 柚葉の睨みつける先には、倒れこんだ少女の姿があった。少女は、クスクスとその口元に笑みを浮かべながら立ち上がると、先ほどの柚葉の攻撃で傷ついた自分の額を腕で拭いながら散らばっていたナイトメアを自分の周囲に集めた。

「貴様――その姿は……」

 ナイトメアの中心で口元に笑みを浮かべこちらを見つめている少女は、茶色く長い髪が印象的なかわいらしい姿をしていた……



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