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暗い回廊の果てにたどり着いたその場所は、よどんだ空気に満ちていた。周囲には点々と置かれた小さな明かりしか照らす物がなく、数歩先の光景を見るのがやっとといった感じである。地下に立てられているここは、外界との完全な遮断がされており、中で戦う者達の肌に当たる空気は新鮮さのカケラもないほどである。
そんな中、ここゲフェンタワー地下ダンジョンの3階に、五人の男女が入ってきた。青い髪のプリーストの女性を中心に、同じく青髪の騎士、金糸の髪を後ろで束ねたハンターの女性、そして少し後ろ側から付いてくるのは赤い髪に小さなメガネをつけたアコライトの少年と、茶色の長い髪をもったマジシャンの少女。
「ここらだな……」
ダンジョンの中心部に差し掛かった辺りで、騎士の男性リュウヤが静かに呟いた。それに対し、他の四人も目で合図をした。
「……きた」
中心に立っていたプリースト、雪音のその言葉と共に、五人の体に緊張がよぎる。肌を突き刺すような殺気が、ビリビリとその体に伝わってくることからも、その近くにいる“ヤツ”の力があまりにも強力だということがわかる。
一瞬間をおいて、ドドッという地響きを立てながら七匹の馬の怨念、ナイトメアが姿をあらわした。
「支援しますっ!ゆず、援護に回って。リュウヤは前をお願いします。レイナ、セシル君達二人は私たちからモンスターを遠ざけてください」
雪音が簡単に支持を出し、戦闘が開始した。七匹と数の多いナイトメアに、リュウヤは猛然と突撃する。身の丈ほどある巨大な剣を軽々と振りながら、一匹、また一匹とナイトメアをなぎ倒していく。その姿はまるで台風のようで、その攻撃は美しいとさえ感じさせられた。後ろに付いたマジシャンの少女セシルは、リュウヤの攻撃しているナイトメアにファイアーボルトの魔法を詠唱し、リュウヤの攻撃にあわせる。ハンターの少女レイナは、リュウヤの後ろを取ろうとするナイトメアに攻撃を加え、その一瞬の硬直を狙いリュウヤはそのナイトメアのさらに裏へとまわる。
「……うぞうぞとめんどくさい、俺は俺のやり方でさせてもらうぜ?」
「かまわないよリュウヤ、君のやり方に私たちがあわすから」
望んだとおりの雪音の返事に、リュウヤはニヤリと口元に笑みを浮かべた。ものすごい勢いで大剣をふるリュウヤの前に、七匹のナイトメアはものの数分で制圧された。
「……いない?どういうこと――」
体中にビリビリと感じていた殺気が、いつのまにか消えている。だが、先ほどまで感じていた殺気はたしかに“ヤツ”のものだった……
「……」
一行たちの間に、一時の静寂がよぎる。そしてその瞬間――
「キャァー」
静寂を切り裂く、セシルの叫び。それと同時に、舞い上がる真っ赤な鮮血。暗いその場所の中にありながらも、さらに黒い“ソレ”は、眼にも止まらない速度で今度は雪音に向かい動いた。一瞬何が起こっているのかもわからないような状態の一行を嘲け笑うかのよう、雪音にむかってその手に握られた剣を振るう。間一髪のところで盾を前に出しその一撃を受け流した雪音だったが、その衝撃で地に方膝をついてしまった。その様子に口元に皮肉な笑みを浮かべた“ソレ”は、二発目を与えんとその刃を掲げる。その刃が雪音に向かい振り下ろされる寸前のところでリュウヤがその間に入り、両手で握り締めた大剣でその一撃を止めた。ガキィィンという鈍い金属音を立てながら、二人の剣が絡み合い、硬直する。
「雪音!支援を!」
「は、はい」
まったく油断しているところに突然現れたヤツ――ドッペルゲンガーにあわてながらも、雪音は支援魔法の詠唱を始める。それに対して柚葉は、セシルの所へと歩み寄った。
「ゆず、お願い。セシルのほうは頼んだからね」
「わかりました。雪音姉さん、他の支援をお願いします」
見ると、初弾一撃はセシルの瞳を裂いていた。ドクドクと血の流れる傷痕に触れない程度の位置で手をかざし、ヒールの呪文を唱える。柚葉の言葉と共にその腕から小さな光が漏れ、セシルの傷が少しずつ癒えていく。あらかた傷が塞がったところで、他のメンバーの状況を横目で見た。現状はまったく変化がないといったところで、四苦八苦しながらも何とかその動きを抑えているといったところだ。
「ゆず、セシルの方が終わったら少し支援を代わってください」
「もう大丈夫……だよね、今行きます」
「うん。リュウヤ、レイナゆずに代わるけど、倒れないでねっ」
ほぼ完璧に傷の癒えたセシルをその場に残し、柚葉は雪音の一歩手前に立った。その状態にニコリと微笑んでから、雪音はドッペルゲンガーの足元めがけてブルージェムストーンを投げた。
「闇を裁きし大いなる神々よ、我が歌声を聞き届け、そのお力をもってして我が前に立ちはだかる悪しき者に聖なる裁きを与えよ!マグヌスエクソシズム!」
雪音の言葉と共に、ドッペルゲンガーの足元を中心に光の絨毯が輝いた。その光を浴びたドッペルゲンガーは、苦痛の雄たけびをあげながらその場に倒れこんだ。
「ギ……ギギィ……マダ、マダシニタクナイ」
苦痛にもがきながら、その剣を再び握り締め襲い掛かってきた。だが、その速度は先ほどまでに比べてはるかに遅く、リュウヤの大剣によってその一撃は簡単に防がれてしまった。
それがドッペルゲンガーの最後の一撃となった。攻撃を防がれたドッペルゲンガーは、その剣を地面に落とし沈黙した。そこにリュウヤが最後の一撃となる一閃を加え、完全に消滅した。
「……終わった」
「うん」
ドッペルゲンガーの消滅を見たことで気が抜けたのか、リュウヤはその場に腰を落とした。また、他のメンバーたちもそれに習い腰を下ろす。そこでふと気がついたかのように、雪音がセシルの下へと向かった。口に耳をあて、息をしていることを確認する。もともと柚葉にまかしたのだから、ミスはないだろうと思いながらもセシルの肩に手をやりやさしく揺らす。すると、セシルは目を覚まし雪音のほうを見つめた。その瞳を見て、傷が塞がっていることを雪音は確認した。だが、一瞬不思議な違和感をその瞳に覚えた。
「あれ……?」
「ん?どうしたの、お姉さん」
セシルの瞳を見つめがら硬直している雪音に、他のメンバーも不思議に思ってあつまった。そして――
「あれ……みんな……?真っ暗……どうして――」
呟かれたセシルの言葉に、メンバーの間を静寂が支配した……
☆
ガバッと音を立て、柚葉は自分にかぶせられている布団をどかした。口から漏れる息は荒く、体中が汗でびっしょりとしている。ベットの横に置いてある時計に目をやる、時計の針は4時32分を指していた。
「ゆず……?大丈夫か?」
「飛鳥……起きてたのか」
「ん?あぁ、ゆずがうなされてたからさ」
汗を拭いながら呆然としていると、横のベットで転んでいた飛鳥が声をかけてきた。それに対して「なんでもない」とだけ返してから、柚葉は立ち上がった。
「飛鳥……」
「ん?」
「死ぬなよ……お前は――」
突然の柚葉の言葉に、飛鳥が不思議な表情になる。それに対して柚葉のほうも、自分が何を言っているのかがよくわかっていない状態になっていた。ただ、口から出た。そんな感じだった。
「死なないよ――」
「そうか……」
不安に震えているような柚葉の横顔に、飛鳥は微笑んで答えた。
(死を望み続ける俺は……誰かに死なないで欲しいと思っていいのだろうか……)
その微笑みを見つめながら、柚葉は自分が矛盾していることに気が付いてしまった。だが――
(失いたくない……今を――守りたい、この二人を……)
自分の中に沸き上がってくる感情は、たしかに今まで感じていた感情とは違っていた。
そして……夜が明ける――
それぞれの想いを胸に、二つの戦いが幕をあける――