「化け物退治?」

「そそ、ちょっと厄介な相手でね。私たち三人だけじゃ危険なのよ」

「ほぅ……」

 口元でクスクスと笑うレイナに、柚葉のほうは顔をしかめたままの状態で答えた。あからさまに不機嫌な表情をしている柚葉に、飛鳥は多少驚いた表情になった。

(ゆずがここまで顔にだすなんてめずらしいな……)

「っていうか……」

「ん?」

 これ以上このままの状態ではいつ喧嘩になるかわからない状態だったため、今度は飛鳥が口をひらいた。

「レイナ、リュウヤ。いつの間に転生したんだ?」

 レイナ、リュウヤは共に転生とよばれる儀式を終えた後に許された上級位職であるスナイパーとロードナイトであった。スナイパーはハンターの転生後にのみ許される上位職であり、ロードナイトはナイトの上級位である。それぞれの職についている者達は、だれもがその上級位職の者達に憧れを抱き、それを目指して修練に励んでいる。

前に会った時には(とはいえもう何年も会ってはいなかったが)、二人とも転生前のハンターとナイトの姿をしていた。

「あぁ、前回会ったのって7年ちょっとくらい前だっけ?そのすぐあとだよ。二人とも一緒に転生の儀式をうけたからね」

「連絡……くらいしてこいよ」

「飛鳥なんて、それくらいのころからまったく音信不通だったじゃない」

 レイナに責めるような口調で反論され、飛鳥の方は口の中で文句を言いながらもだまった。その様子と眠っている雪乃の顔とを交互に見つめ、柚葉はふたたび険しい表情でレイナに向き直った。

「化け物――とはなんのことだ?詳しい話を聞かないと、こちらとしても返す言葉がわからない」

「んー…聞くと、Yes以外の返答は出来なくなると思うよ」

「……どういうことだ」

 ますます意味がわからないといった表情の柚葉に、レイナのほうは不敵な笑みを口元に浮かべている。飛鳥の方はというと、まるで子供がふてているような表情で雪乃の寝顔をみつめていた。

「化け物っていうのはね……ドッペルゲンガーのことよ」

 レイナの発言に、柚葉の眉がピクリと動いたのをリュウヤは見逃さなかった。

「俺達も元々それのためにきたわけではなく、他の用事があったのだが――ちょうどドッペルゲンガーが復活しているということで、俺達にそれを退治して欲しいという依頼が来てな」

 この大陸のモンスターの中には、ある一定の条件によって復活する魔物が存在する。ドッペルゲンガーのように、何ヶ月、何年かに一度目覚め、人々を襲う魔物もその中にはおり、そのような魔物は非常に高い戦闘能力をもっている。

 また、ドッペルゲンガーには他のモンスターにはない特殊な能力があり、高い戦闘能力とその能力とを併せ持ってゲフェンタワーの地下ダンジョンで修練に励む冒険者達を襲う。

 並みの冒険者がたばになっても敵わないほどの強さを持っており、今回のように腕に自信のある者達に退治の依頼がゲフェンの町から出されることも多い。

「ドッペルゲンガー……」

「なつかしいでしょう?ゆず、君は一度会ってるわよね」

「あぁ……」

 柚葉にとって、ドッペルゲンガーとは思い出深い魔物であり、その戦闘能力の高さは自分の身をもって体感している。そしてなによりも――

「……セシル」

「あのときから、ドッペルゲンガーは復活していない。つまりセシルの死の原因となったのは前回の復活ということになるわね」 

「……そうか」

 会話が進むにつれ、柚葉の表情がさみしさとも悲しさともとれるような、つらい表情に変わっていった。

「さらにもう一つ付け加えると、今回復活しているドッペルゲンガーの姿は小さな女の子の顔をしているらしいわ」

 レイナの発言に、柚葉の表情が一変する。さらに、硬く握り締められた腕がカタカタと音を立てて震えだした。意識してそれを止めようと思ってもまったく止まる気配がない。

 ドッペルゲンガーの持つ能力。それは、見た相手の姿に己の姿を変化させることである。その姿は、その相手の親が見ても見間違うほどで、一目でそれを判断するのはほぼ不可能である。

 ドッペルゲンガーが写しているという少女、それがもしも自分たちの過去にいたセシルだとしたら。そんな想いが柚葉の中で大きくなっていく。

 その様子を見ながら、飛鳥が柚葉の横に立った。

「ゆず、迷うんなら一緒に行ってこいよ」

「ぇ……」

「もともと、オレは一人でゲフェンタワーの最上階に向かうつもりだったんだ。お前にとってドッペルゲンガーがどんな存在なのかはオレにはわからない。けどお前の過去に大きく関わってて、それをどうこうしなきゃいけないんだったら……行ってこいよ」

 柚葉の肩に手を置いて、まるでなだめるような口調で飛鳥は言う。その言葉で、まるで泣いている赤子のような表情でふるえていた柚葉の顔に、すこしずつ落ち着きが取り戻されていった。

「……そうだな」

 フッと口元に小さな笑みを浮かべ、一呼吸おいてから柚葉は再びレイナの方へ向き直った。

「いいだろう、ドッペルゲンガー退治……付き合ってやるよ」

 そう言った柚葉の表情には、一切の迷いも感じられなかった。

 

 

 

 カチャカチャという規則正しい音と、鼻をくすぐるいい匂いに雪乃は目を覚ました。

「おや、おはよう雪乃」

「おはよ……ゆず、今何時?」

「もう7時だ、今料理の用意をしてるから顔を洗っておいで」

 とぼけたような表情で自分を見つめる柚葉に、雪乃はまだ眠い目をこすりながら挨拶をした。それから部屋の中の時計を見やり、今の時間を確認する。柚葉の言ったとおり時計の針は7時を少し回ったところをさしていた。

 とりあえず起きなくてはと思い布団をどける。それから寝癖で横にはねた髪の毛を手でとかしながらベットから身を起こした。きょろきょろと部屋を見回し、少しはなれたところに洗面台を見つけた。寝起きでふらふらとする足元を精一杯動かしてそちらに向かう。

 洗面台の蛇口をひねると、勢いよく水が噴出してきた。ここしばらく使っていなかった蛇口からでる水に、多少戸惑いながらも腕をのばして顔に水をかぶせる。バシャバシャという音を立てながら、くりかえし水をかけていると次第に意識がはっきりとしてきた。

「そういえば……」

「ん?」

 ふと思いついたように雪乃が呟きながら柚葉のほうをふりかえる。それに対して、柚葉の方は不思議な物を見るような表情で見つめ返した。

「お昼ご飯……食べそこねちゃった?

 間のぬけたような雪乃の台詞に、そこにいた柚葉は噴出して笑ってしまった。

 

「ということで、明日は俺たち、互いに別行動をすることになった」

「ふみ、そうなんだ」

 雪乃が顔を洗い終えたのを見計らって、飛鳥も含め三人での食事を開始した。その場で、柚葉はことのあらすじを雪乃に話し、雪乃の方は多少困惑しながらもその話に耳を傾けた。

「それで、雪乃はどうする?」

「ほえ?」

「いや……ドッペルゲンガーは非常に強力な魔物だ……俺に付いてくればそれ相応の危険が待っている。一人で留守番でいいのなら、それが一番いいとは思うが――」

「それはいや!ゆずとがいい!」

 柚葉の質問に対して、勢いよく答えてから雪乃は真っ赤に赤面した。それから、口の中でモゴモゴと言いながら再び元に戻る。その様子に、飛鳥のほうは「まったく……若いねぇ」などと他人のような表情で呟いている。

「ゆずと……いく」

「危険だぞ?」

「……うん」

 今にも泣きそうな表情で、小さく呟くように話す雪乃に、柚葉はしかたないかといった表情で微笑み「わかった」とだけ呟いた。



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