インテルメッツォ
☆
「はぁ……はぁ……」
照りつける太陽が、体力を奪う昼下がり。一人の少女が息を切らしながら走っている。
腰の辺りまで伸びた赤色の髪が特徴的な少女で、その瞳の片方を包帯のようなもので隠している。愛らしい容姿と、凛とした瞳。端麗という言葉で言い表すにはまだ幼いが、その整った顔立ちはまるで物語に出てくる妖精のようなものだ。
「やだ……もう、なんでこうなるのよ!」
少女の口から、愚痴が零れ落ちる。
それもそのはずだ。少女の後ろには、多数のポリンがおいかけてきていた。
本来ポリンというモンスターは自分から人に襲い掛かったりはしないのだが、ごく稀に気性の荒いものが仲間と共に襲い掛かることがある。そのものは、通常のポリンより一回りほど大きく、マスターリングと呼ばれている。
「うぅ……なんでボクばっかり……はにゃっ!」
後ろを振り向いた際に足が絡まってしまい、少女はその場に倒れこんでしまった。その拍子に少女の瞳を隠していた包帯がとれ、瞳が露になった。その瞳は――
「……っ!」
包帯を取ろうと手を伸ばした時、その手に鈍い痛みが走る。見ると、すでに周囲はポリンの群れによって囲まれてしまっていた。
痛みに手を引くまもなく、次々に襲い掛かってくるポリン達。見る見るうちに少女の体は傷だらけになっていく。
(も……だめ……っ!)
意識が朦朧とし、うまく状況を整理することができない。次第に、その体に走る痛みすらも感じなくなり始めたその時――
「我、汝の傷癒さん!ヒール!」
温かい光が降り注ぎ、少女の傷と痛みが消えていった。
(え……?)
振り返ると、そこには美しい赤い髪をした修道服の青年が立ち、こちらに手をかざしていた。
「飛鳥!」
青年が単調的に叫ぶと同時に、背後から飛び出した黒髪の青年が短く詠唱を口ずさむ。その瞬間、少女の周囲にいたポリンの群れを白銀に輝く風が襲う。
一瞬の出来事に、少女はただ驚きに目を見開くことしかできないでいた。そんな少女に、赤髪の青年が少しずつ近づいてきた。
「大丈夫か?」
優しい言葉と共に差し出された腕に、一瞬戸惑いながらも、少女は自分の手を差し出した。
「あり……がとう」
助かったという喜びよりも、何故助かったのかという疑問ばかりが頭に浮かぶ中、少女は立ち上がり感謝の言葉を語った。
「一人か?」
「え?」
「一人で、戦っているのか?」
一瞬、何を聞かれているのか分からなくなりながらも、少女は「はい」とだけ答えた。
「マスターリングに襲われたのは、不運だったな。だが、助けられてよかった」
そう言いながら、青年は口元に小さな笑みを浮かべた。見るものが見れば、それを皮肉じみた笑みと感じるのかもしれないが、少なくとも少女にはそれが優しい微笑みに見えた。
「はい……ありがとうございます」
その微笑みに、魅せられているような気分だった。いつの間にか、胸の動悸が止まらなくなってきている。
「そうだ」
不意に、青年が荷物の入った袋から数本の小瓶を取り出した。中には、薄白い液体が入っている。
「これを君にあげよう」
「これ……白ポーションじゃないですか。それも……誰かが製薬したものですよね」
「ああ、俺の友人が作ったものなんだ」
手渡された白ポーションを見つめながら、少女は頬を赤く染めた。
「俺が持っているより、必要としてくれるだれかが持って使ってくれた方が……友人も、そのポーションも喜んでくれると思うから――」
「はい……っ!大事にします!」
「いや……大事にせず、使って欲しいんだが……まぁいいか」
一瞬呆れたような表情になりながらも、青年は再び笑顔を見せた。つられて、少女も微笑みを浮かべる。
「ゆず、そろそろ行こうぜ?雪乃も待ってる」
後ろに立つ黒髪の青年が、声をかける。それに対し、振り向いて返事をしてから青年は少女の頭に手をのせた。
「君の未来に、大いなる幸福を」
小さく紡がれた言葉に、少女は今にも泣き出しそうになってしまった。
「あの……あの、ボク……じゃない私の名前はアリス。アリスっていいます」
「ん?」
「私……私、必ず立派な騎士になります。だから……だからその時、一緒に戦ってくださいますか?」
肩を震わせながら、少女――アリスが精一杯の声を出す。
「いつも……いつもじゃなくていいんです。時々とか……ちょっとでもいいから……」
アリスの言葉の最後は半ば叫びに変っていた。その言葉を聞きながら、青年はニコリと笑みを浮かべ
「俺の名は柚葉。その日が来るのを待ってる」
ゆっくりと、それでもはっきりと言った。
「素晴らしき騎士になれ!」
回りだした運命
重なった二つの糸……
アリスとユズハ……
その二つの糸は
本人達の意思に関係なく、強くそして硬く結ばれていく……
さぁ……はじめましょうか……
終わらないその物語の続きを――