インテルメッツォ

 

「はぁ……はぁ……」

 照りつける太陽が、体力を奪う昼下がり。一人の少女が息を切らしながら走っている。

 腰の辺りまで伸びた赤色の髪が特徴的な少女で、その瞳の片方を包帯のようなもので隠している。愛らしい容姿と、凛とした瞳。端麗という言葉で言い表すにはまだ幼いが、その整った顔立ちはまるで物語に出てくる妖精のようなものだ。

「やだ……もう、なんでこうなるのよ!」

 少女の口から、愚痴が零れ落ちる。

 それもそのはずだ。少女の後ろには、多数のポリンがおいかけてきていた。

 本来ポリンというモンスターは自分から人に襲い掛かったりはしないのだが、ごく稀に気性の荒いものが仲間と共に襲い掛かることがある。そのものは、通常のポリンより一回りほど大きく、マスターリングと呼ばれている。

「うぅ……なんでボクばっかり……はにゃっ!」

 後ろを振り向いた際に足が絡まってしまい、少女はその場に倒れこんでしまった。その拍子に少女の瞳を隠していた包帯がとれ、瞳が露になった。その瞳は――

 

「……っ!」

 包帯を取ろうと手を伸ばした時、その手に鈍い痛みが走る。見ると、すでに周囲はポリンの群れによって囲まれてしまっていた。

 痛みに手を引くまもなく、次々に襲い掛かってくるポリン達。見る見るうちに少女の体は傷だらけになっていく。

(も……だめ……っ!)

 意識が朦朧とし、うまく状況を整理することができない。次第に、その体に走る痛みすらも感じなくなり始めたその時――

 

「我、汝の傷癒さん!ヒール!」

 温かい光が降り注ぎ、少女の傷と痛みが消えていった。

(え……?)

 振り返ると、そこには美しい赤い髪をした修道服の青年が立ち、こちらに手をかざしていた。

「飛鳥!」

 青年が単調的に叫ぶと同時に、背後から飛び出した黒髪の青年が短く詠唱を口ずさむ。その瞬間、少女の周囲にいたポリンの群れを白銀に輝く風が襲う。

 一瞬の出来事に、少女はただ驚きに目を見開くことしかできないでいた。そんな少女に、赤髪の青年が少しずつ近づいてきた。

「大丈夫か?」

 優しい言葉と共に差し出された腕に、一瞬戸惑いながらも、少女は自分の手を差し出した。

「あり……がとう」

 助かったという喜びよりも、何故助かったのかという疑問ばかりが頭に浮かぶ中、少女は立ち上がり感謝の言葉を語った。

「一人か?」

「え?」

「一人で、戦っているのか?」

 一瞬、何を聞かれているのか分からなくなりながらも、少女は「はい」とだけ答えた。

「マスターリングに襲われたのは、不運だったな。だが、助けられてよかった」

 そう言いながら、青年は口元に小さな笑みを浮かべた。見るものが見れば、それを皮肉じみた笑みと感じるのかもしれないが、少なくとも少女にはそれが優しい微笑みに見えた。

「はい……ありがとうございます」

 その微笑みに、魅せられているような気分だった。いつの間にか、胸の動悸が止まらなくなってきている。

「そうだ」

 不意に、青年が荷物の入った袋から数本の小瓶を取り出した。中には、薄白い液体が入っている。

「これを君にあげよう」

「これ……白ポーションじゃないですか。それも……誰かが製薬したものですよね」

「ああ、俺の友人が作ったものなんだ」

 手渡された白ポーションを見つめながら、少女は頬を赤く染めた。

「俺が持っているより、必要としてくれるだれかが持って使ってくれた方が……友人も、そのポーションも喜んでくれると思うから――」

「はい……っ!大事にします!」

「いや……大事にせず、使って欲しいんだが……まぁいいか」

 一瞬呆れたような表情になりながらも、青年は再び笑顔を見せた。つられて、少女も微笑みを浮かべる。

「ゆず、そろそろ行こうぜ?雪乃も待ってる」

 後ろに立つ黒髪の青年が、声をかける。それに対し、振り向いて返事をしてから青年は少女の頭に手をのせた。

「君の未来に、大いなる幸福を」

 小さく紡がれた言葉に、少女は今にも泣き出しそうになってしまった。

「あの……あの、ボク……じゃない私の名前はアリス。アリスっていいます」

「ん?」

「私……私、必ず立派な騎士になります。だから……だからその時、一緒に戦ってくださいますか?」

 肩を震わせながら、少女――アリスが精一杯の声を出す。

「いつも……いつもじゃなくていいんです。時々とか……ちょっとでもいいから……」

 アリスの言葉の最後は半ば叫びに変っていた。その言葉を聞きながら、青年はニコリと笑みを浮かべ

「俺の名は柚葉。その日が来るのを待ってる」

 ゆっくりと、それでもはっきりと言った。

「素晴らしき騎士になれ!」

 

 

 

 回りだした運命

 重なった二つの糸……

 

 アリスとユズハ……

 その二つの糸は

 本人達の意思に関係なく、強くそして硬く結ばれていく……

 

 さぁ……はじめましょうか……

 終わらないその物語の続きを――



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