薄暗い部屋の中、一人の女性が広間に向かって歩いている。広間からは明かりが漏れ出しており、その明かりで地面が赤く染められている。女性は上から下まで黒いマントとローブを羽織っており、その表情すらもうかがい知る事はできない。しばらく進むと、広間へとたどり着いた。そこには百をはるかに越える数の人間が、跪いていた。その様子を見、クスリと一度微笑んでから女性はゆっくりと喋り始めた。

「顔を上げよ……我が愛しき配下達よ――」

 その言葉に、その場で跪いていた者達はその顔を上げ、立ち上がった。自分の言葉一つで簡単に動く自分の配下達の姿を内心でほくそえみながら女性は続ける。

「光があるところには必ず闇がある……この世界もその通りだ。発展の裏には影があり、その影を担う者達が表に生きる者達の暮らしを支えてきた。それが我らディスタンスなのだ……」

 そこまで言い放ち、女性はその口元にニヤリと皮肉な笑みを浮かべた。

「だが、世界に生きる者達は影を知らずに生きていく。なにもない平和を祈り……あたかも自分たちがこの世界の全てを支配しているかのように。だが、我らはその世界を善しとは思わない。ならば何が必要か……」

 そこで再び女性は周囲を見渡す。そして一呼吸おくことで、周囲に集まる女性の配下は一瞬ためらいを感じながらも、女性の次に放たれるであろう言葉を待った。

「この世界に生きる愚かなる表の者達を滅ぼし、我ら影の世界で生きぬく者達が世界を牛耳るのだ」

 放たれた女性の言葉に、配下達は雄たけびの声を上げる。それを嬉しそうに眺めながら、女性はさらに続ける。

「いま……全ての準備は終わろうとしている。今こそ我らが力をもってしてこのルーンミッドガルトを我が物顔で支配するトリスタンを殺し、我らディスタンスがこの世界の真の主となるのだっ!

我が愛しき配下達よ!さぁ今こそその力をつかうとき!我に従い我が前に全ての悪夢をそろえるのだっ!」

 地響きのような観衆の雄たけびの声が上がり、女性はクスリと微笑を浮かべる。それから、バサリとマントを翻し奥の部屋へと向かって進んでいった。

 

 

 

「マスター」

「ん?」

 奥の部屋で、マスターと呼ばれた女性は声のしたほうを振り返る。そこには、一人のプリーストの男がたてっていた。

「どうしました?クラーク」

「マスターにお尋ねしたい事がございます……」

 クラークは、地面に膝をつけ女性の方を向く。それから、まっすぐとその瞳を見つめながら尋ねる。

「私に柚葉を殺すなという指令を出されましたが、それはどういう理由でしょう。私は柚葉を殺すのを許すということ前提にディスタンスに入りました。しかるべき理由がないのでしたら、私はマスターの命に従い柚葉を殺すのをやめるということはできません」

 そこまでいい終え、「無礼な言葉遣い失礼いたします」とその場で頭を下げた。その様子にクスクスと笑いながら、女性の方は自分の顔にかぶせていたフードをめくった。それによって、女性の顔が露わになる。露わになった女性の顔は、非常に幼くまるで子供のような姿であった。それから、口元に浮かべたまま女性はクラークの元に向かいその体を抱き寄せた。

「安心していいよ、クラーク」

「ぇ…?」

「いずれ必ずキミに柚葉を殺させてさしあげます。けれど、どうしても今は殺せない理由が出来てしまったのです」

 そう言ってから女性は、クラークの手に何かを握らせた。それは見た目からは何なのかが分からないようなもので、冷ややかな感触だけがそれを触れた手に広がる。

「柚葉には、巫女の妹に眠る力を覚醒させてもらう」

「巫女の妹の……?」

「えぇ、あの子の体に眠る血の力……それは、普通の人生を歩んでいたのでは目覚める事はありません……

本来ならば、私があの少女をさらい力ずくで目覚めさせようとも思いましたが……ちょうどいいようにあの柚葉があの少女のもとへ立った……」

ニヤリと笑う女性の顔に、クラークは背中が冷たくなるのを感じた――

「力の覚醒には、愛・絶望・苦しみ・愛する者の死、この四つの物が必要になります。そして力を覚醒させたあの少女を我らが物とし……ようやく我らはこの国を手に入れる事ができるのです……」

「……」

「ですからクラーク……あの少女に柚葉を愛させなさい。そしてあの者達の旅に絶望と苦しみを与えるのです」

 そう言ってから女性はクラークの唇に自分の唇を重ね合わせた。

「そして……彼らがもがき苦しみ、絶望の果てへとたどり着いたときにあの柚葉を少女の目の前で殺すのです……」

 口元に笑みを浮かべたまま、女性はクラークを見つめる。

 不意に立ち上がった女性は再びフードを被りなおしクラークを見つめる。

「あの者達は今ゲフェンにいる。このヨルブリンガルからは目と鼻の先……ゲフェンタワーで彼らを苦しめ力の覚醒の時を近づけるのです」

「……」

「行きなさいクラーク、キミは私を失望させたりはしないのだろう――?」

「……御意」

 

 

 

「ルビー」

 部屋を出て、自室に戻ったクラークは自分の相方の名を叫ぶ。その声に呼ばれた女性……ルビーは姿をあらわした。

「クラーク、どうだったの?」

「……俺は……俺は恐怖で狂ってしまうかと思った」

「ぇ?」

 ルビーが来るのを見て、安心したのか体中に疲労感が押し寄せてきた。そのせいで、まともにたっていることも出来なくなってしまったクラークは、その場にへたれ込んだ……

「さすがは……このディスタンスを支配するだけの方だよ……近くにいるだけで、その威圧感に飲み込まれてしまいそうだった……」

「……大丈夫なの?」

「…大丈夫だ、それよりもヴァッツはどこだ?」

「えっと……ヴァッツはたぶんまだ寝てると思う」

 へたれ込んでしまったクラークを、ルビーは心配そうに見つめる。それに対しつよがっては見せたものの、いまだにクラークは体に力が入らないでいた。

「……起こしていくぞ、行き先はゲフェンだ――」

「……わかった」

 

 生きた心地がしない……まさにそんな気分だった――



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