「ゆず……?」

「あぁ――」

「意識が……」

 目を覚ました柚葉を見つめる雪乃の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。その様子を見て、璃緒は微笑んでから「もう大丈夫だな」と一言呟いた。

「ありがとう璃緒……助かった」

「お前に今までされてきたことに比べれば……今回僕がしたことなんて小さなことさ」

「…どうかな」

 言い合う昔ながらの友人同士は、お互いの顔を見合いながら微笑んだ。

「ゆず……」

「ん?」

「私ね……本当はすっごくなりたいものがあるの」

 そう言って雪乃は柚葉の体を強く抱きしめた。その力に、柚葉は多少驚きながらも、その髪をできる限り優しくなでた。

「確かにアコライトになったあとには、進める道は少ないかもしれない。けど、雪乃の望んだ道がきっとあると思う。それを進むといいと俺は思うぞ」

「あは……けどね」

「ん?」

 そう言って、雪乃は決意に満ちた瞳で柚葉を見つめた。その表情に柚葉は一瞬ドキリとなる――

 こういうとき改めて雪音とよく似ているなぁと思う。この子の姉……雪音も、同じように時々決意に満ちた瞳で柚葉を見つめていた。その表情には非常に強い光がともっているように柚葉には見え、それは何よりも惹かれるものがあった。

 決意の瞳で見つめ続けていた雪乃は、ニコリと微笑みを浮かべ柚葉に呟く――

 

「絶対柚葉には言わない――」

 

 

 

 何を言われているのかさっぱりわかっていないらしい柚葉は、あたふたとあわてはじめた。その様子に雪乃の方は顔を耳の裏まで真っ赤に染め、うつむいた。璃緒の方はといえばクスクスと微笑んでいる。

「あはははは、ゆずにはわからんかもしれないなっ!」

「璃緒……なんだよ、お前には分かってるのか?」

「わかってるさ。てか、たぶんわかんないのはゆずだけだと思う」

 そう言ってついにはおなかを抱えて笑い出した璃緒に、柚葉はさらに怪訝な顔をする。そうこうしていると、その場に何も知らない飛鳥が姿をあらわした。

「なんだなんだなんだ?何を爆笑してるんだ?」

「飛鳥……」

「てかぁ!璃緒がいるし!」

 などと、もはやとっくの昔に終わってしまったような話題を言いながら間の抜けた表情をする。

「もういいっ!話がすすまん!」

 とうとう怒り出した柚葉は、さっさと行くぞと他の者を促す。

「ぁー…ゆず」

「ん?」

 それを見ていた飛鳥が、柚葉に声をかける。

「次の行き先が決まった……」

「ほぅ」

「ゲフェンだ――」

 飛鳥の表情は、先ほどまでとは打って変わって真剣な色が見られた。

「収穫はあった……どんな結果であったにせよ……な」

「そうか――」

「あぁ」

 苦しい表情で話す飛鳥に、柚葉はこれいじょうの質問をしなかった。そして、おもむろに自分の服からブルージェムストーンを取り出しそれを地面に向かって投げた。

「ゲフェンならポータルを持っている。行こう……新しい旅へ」

 そう言ってから、柚葉はワープポータルの詠唱を始めた。その様子を見ながら雪乃は、「今度もおいしいもの食べれるかなぁ」などと間の抜けた言葉を言っている。

「ゆず……」

「ん?」

 ポータルの詠唱が終わりきるかきらないかのところで、璃緒が口を開いた。

「僕は君と一緒には行けない……けど、いつか必ずまた再会してそのときは君達とまた一緒にたたかう事になると思う。そのときは……」

「……璃緒」

「ん?」

 悲しそうな表情で語る璃緒に、柚葉はやさしく微笑む。

 

「どんなになっても……お前は俺の友人だ――」

 

 その言葉に、璃緒は今にも泣き出しそうな表情になりうつむいた。雪乃や飛鳥も、微笑を璃緒を浮かべながら見つめる。そしてふたたび柚葉に向き直り、真剣な表情で「いつか必ず」と言った後、今度は飛鳥の方を振り返り

「ゆずを頼む……絶対に死なせないでくれ。こいつは……希望なんだ」

と一言だけ言い残し、蝶の羽を発動させその場から消えた。

 

 

 

「彼の地とこの地を結びし光の道よ!ワープポータル!」

 詠唱を完了させた柚葉の足元から、淡い光りの扉がうかびあがり、その先へ柚葉は二人を手招きした。

「のって、行こう。行き先はゲフェンだ」

「はい」

「おう」

 二人がポータルに乗った後、柚葉はその先をまっすぐに見つめながら璃緒の最後に言った言葉を思い出していた。

「希望……か」

 それは、夢だったのかもしれない――

 だが、出会った雪音は自分に言ったのだ――

 

 

「ゆず……私のところに来ちゃいけない」

「なんでだ!俺は……俺はお姉さんと一緒にいたい」

「……ゆず」

 雪音のもとにいたいと叫ぶ柚葉に、雪音は悲しそうな表情をした。それはあまりにも寂しそうで、同時につらそうだった……

「けどねゆず……君にはたくさん慕う人が、君を必要としてる人がいるんだよ?」

「……けど俺は……俺はお姉さんがいい。他に誰も要らない、お姉さんがそこにいてくれるなら他に何もいらない!」

「……」

 本心だった――

 雪音がいてくれるなら、他に何もいらなかった――

「俺は……俺はお姉さんといたい。お姉さんはいやなのかい?」

「そうじゃないよ……けどね」

「なんでだよ…なんでいつだってお姉さんは俺に言ってはくれないんだよ!」

 投げかけられる柚葉からの質問に、雪音は何を言えばいいのかわからないといった表情になる。しかし、雪音はまっすぐに柚葉を見つめ返した。

「けどね、ゆず……あなたは生きなければいけないの。あなたは希望なんだから……」

「希望……?」

「そう……たとえあなたがそのことを望まなかったとしても、あなたの前にその時は必ずくる……」

 そう言った雪音の瞳は今にも泣き出しそうだった。本当は言いたくはない……そんな言葉が、今にもその口から言われそうで、それを必死にこらえるように柚葉には思えた。

「いきなさい……君を必要としてくれる人のところへ……。聞こえてるでしょう?君を呼ぶ声が……」

 その言葉の通り、柚葉の耳にはさきほどから雪乃の声が聞こえてきていた。

「俺は……」

「だめ――もうこれいじょうは言っちゃダメ」

「お姉さん……」

 柚葉を見つめる雪音の瞳から、小さな涙が零れ落ちた……

「いつか……いつかゆずが私以上に好きな人をみつけて……その人と結ばれて、幸せになって。子供が生まれ……その子も大人になって……いつかゆずがその人生を終えるときがきたら……その時にこっちへおいで」

 そう言って微笑んだ雪音の顔は、あまりにも美しく、そして儚げだった――

 ――そして紡がれた雪音の最後の言葉は、柚葉にはうまく聞こえなかった……

「いずれゆずは私と――」

 

 

「同じ言葉……璃緒、お姉さん……あなたたち二人は俺の行くべき道を知っているのか?」

 そう言って柚葉は、ポータルへ足を運ぶ……飛鳥と雪乃がまつゲフェンへと向かって――



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