「これはすごい――」

 暗い回廊を進み、灯の灯された部屋に案内された飛鳥は、その場に散らばった本を見て感嘆の声を漏らした。

「だろう?そして……この部屋は魔物が入ることができぬようシウスが結界をはっている」

「師匠が――?」

「そうだよ」

 辺りを見回すと、そこらに札のようなものがおかれている。おそらくそれらが結界の媒体になっているのだろう。

「しかし……リリス、あなたがいるということは師匠もここに?」

「えぇ……そうよ」

 リリスは、手元に置かれていた一札の本を手にとりながら頷いた。

「たしかにここにいたわ―先日まではね」

「ぇ……?」

「けど今はもういない、そして――あなたはシウスには会えないっ!」

 ガチャリという音をたて、リリスは剣を抜き放った。

「なっ」

 驚きの表情を浮かべる飛鳥に、問答無用でリリスの剣がおとされる。

「ぬあっ」

 ギリギリのところで身をよじってよけたものの、それによってバランスを崩してしまった飛鳥は、その場に片膝を着いてしまった。

「くそっ、なんなんだよ」 

 困惑の表情でリリスを見つめる飛鳥に、リリスは二発目をはなつ。避けきれないと悟った飛鳥は、右手ににぎった杖で剣を力一杯たたいた。さすがに、パラディンであるリリスの剣をそれで止めることは出来なかったが、わずかに軌道がそれた。それによってなんとか二発目を防いだものの、次々に放たれる攻撃に防ぐ手立てをふさがれていく。

「くそっ、我が前に立ちはだかる者!物言わぬ氷と化せ!フロストダイバー」

 口早に詠唱を唱え、杖から光をはなつ。光が地面にぶつかり氷柱となってリリスへと進む――

 リリスの足下に氷柱が絡まり、足から氷ついていく。が――

「……なにっ」

 鎧が光を放ち、パキリという音と共に絡まっていた氷が溶けていった……

「アンフローズン――かよ」

「そうだよ」

 リリスは、クスリとほほ笑みを浮かべてから肯定した。

 魔物の力が込められているカード、その中の一枚“マルクカード”。その力を鎧に宿すことでアンフローズンと呼ばれる特殊な力をもった鎧となる。アンフローズンの力を持つ鎧を装備した者は、どんな力をもってしても体を凍らせることができなくなる。

「くそっ……」

「キミと戦うのにこれを用意しないのは手抜かりにもほどがあるでしょう?」

「相変わらず……用意周到だな」

 額に汗を滲ませながら、苦笑する。悪態づいてはみたものの、突破口を開く方法がいくら考えても見つからない。頭の中で何十通りもの戦法をめぐらしてみても、リリスの実力から考えてどれも実行できるようなものではなかった。ただ一つ出来るかもしれないと言うものがあるが、それには相手にその戦法を気づかれないようにしなければならない。

「火が――」

「ん?」

「飛鳥……君が火の力を使えたら私にだって勝てれたかもしれないね」

 そう言ってリリスは飛鳥の左腕を指差した。そこには、紋様を掘られた刺青がある。

「あなたがつけたんでしょう?この呪いを――」

「そう、君の体から火の力を奪い続ける呪いの刺青。それがあるかぎり君が火の呪文を使うことはできないのよ」

 これは、数年前――飛鳥が師であるシウスの元を離れ、ウィザードとしての修行に向かうときにリリスにかけられた呪いである。これがある限り飛鳥は火の属性を持つ全ての呪文を使用することができない。

「それがある限り……君はシウスを越える事なんて出来はしない。そして……私を倒して生き残る事もね――」

「……」

「飛鳥、あなたにシウスは倒させはしない」

 その言葉を合図に、リリスは飛鳥に向かって突撃してきた。飛鳥はギリギリの所で身をよじりそれをかわす。そのすれ違いざまに、右手に握り締めた杖で力いっぱいリリスの胸を突きバランスを崩す。それによって体のバランスを失ったリリスはその場に方膝をついた。それを横目で見ながら今度は一気に体勢をもどし、先ほどまでとは逆の位置関係になるように立てる。そこから数歩後ろに下がり地面に向かってブルージェムストーンを投げた。

「……かけるしかないな」

 心の中で一人ぼやき詠唱に入る。それを見てから、再び立ち上がったリリスはその詠唱をとめるために飛鳥に向かう。

「させない!ホーリークロス!」

 飛鳥の胸元で剣を十字に振るう。それと同時に白い光の十字が空中できられ、飛鳥の体を切り裂く……ことはなかった。

 

 ガキィインという音と共に、リリスの攻撃は飛鳥のわずかに外側で止められる。よく見ると、飛鳥の体を薄い紫色の幕が覆っている。

「セイフティウォール!?」

「術式は組み立った、いくぜリリス!大いなる雷帝の雷撃よ、撃ち貫く剣戟となれユピテルサンダー!」

 そう言い放たれた瞬間、飛鳥の腕から稲妻が走りリリスの胸を貫いた。それによってさすがのリリスもその衝撃に宙を舞い、数メートルはなれた位置まで吹き飛ばされた。

「たつな――」

 その言葉が、飛鳥の頭で繰り返し繰り返しささやかれる。先ほどのフロストダイバーでリリスは凍らなかったとはいえ、その体に多少なりともダメージを与えている。そしてここで全力をだして撃ったユピテルサンダー。これで倒れてくれなければ、飛鳥にはもうなすすべもは何もなかった。だが――

「おしかったね……」

「うそだろ……」

 飛鳥の思いとは裏腹に、リリスはその場に立ち上がった。その様子を見て、飛鳥はとうとうその場にへたれこんでしまう。

「クルセイダーなら――今の一撃で倒れていたかもしれないね」

「……」

「けど私はその転生職であるパラディンなの……ごめんね」

 そう言ってリリスは剣をかまえた。そしてそれを飛鳥に振り下ろす。

「おやすみ飛鳥……バッシュ!」

「ぐあぁぁああ」

 

 自分の剣についた飛鳥の血を拭いながら、いまだに息を途切れさしていない飛鳥のことをリリスは見つめていた。

「殺す気で撃ったバッシュで生き残ってるなんてね……私にまだ迷いがあったってことかしらね――」

 そういってリリスは自分のかばんの中から数本白ポーションを出し、それを倒れている飛鳥の手元に置いた。

「その傷でまた立ち上がってくるなら……ゲフェンタワーの最上階へお出でなさい。そこでシウスは待ってるわ」

 それだけ言ってから、リリスは蝶の羽を起動させその場から消えた。

 

 

 

 リリスが去ってから、数十分の時間がたち飛鳥は目を覚ました。

「生きてる……」

 自分が助かったという安堵感よりも、なぜ助かったのかという疑問の方が強く飛鳥の心をみたしていた。さらに、自分の手元におかれた白ポーションを見て、自分が生かされたのだという事実を再認識させられる。

「……ゲフェン」

 気を失っていながらも、たしかにその耳に響いたリリスの言葉。そこに師匠が待っている……ならば自分のするべきことはただ一つ――

「向かうしかないな……ゲフェンに」

 そう言ってから、飛鳥はマントの中から蝶の羽を取り出した。これには、時計塔に入る前にアルデバランの入口を記憶させている。その蝶の羽を見つめながら、自分の行くべき先が分からなくなっている自分に気がつく。しかし――

「かんがえてもしかたないよな……」

 そう言って飛鳥は蝶の羽を起動させた――



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