☆
「弱くなったな……柚葉」
そう言ってクラークは自分のソードメイスについた柚葉の血をぬぐった。その足元には、体中血まみれでその場にへたれこむ柚葉の姿があった。
「忘れてたか?俺は……支援のみに特化したほかのプリーストとは違い戦闘面での訓練もつんでいるってことを」
「……」
「もう喋る事すらできない……か。まったく無様だな――」
クラークのセリフにもはや返す気力すらもなく、柚葉はただただ虚ろな瞳でどこかを見つめているだけだった。
「まぁ……死ぬ前に今回ここに来た理由くらいは教えておいてやるよ」
そう言ってクラークは、雪乃の方を向いた。
「巫女である雪音の妹、雪乃がほしい。我らディスタンスのマスターからの指令だ。
まぁ……時が来るまで命に支障がきたすような事はないだろうが、その時がきたら――」
そういってクラークは口元に厭らしい微笑を浮かべた。
「お前が雪乃に出会ってしまったせいで雪乃は俺たちに見つかった。元をただせばお前が悪いんだ……」
ニヤリと笑いながらクラークは続ける。
「お前が雪乃に出会いさえしなければ、こうなることもなかったんだよ。お前のせいだフッハッハッハ」
クラークの言葉に一瞬動揺した柚葉だったが、すぐにまた虚ろな瞳に戻ってしまった。
「その傷じゃぁもう助からないだろう……ここで殺しておいてやるよ。あの日の決着としてなっ!」
そう言い放ち――クラークは鈍器をふたたび振り下ろした。
柚葉の命を完全に奪うために――
ガキィィンという鈍い金属音が鳴り響き、柚葉に向かって振り下ろされていたソードメイスが宙を舞った。
「そこまでです――クラーク」
「お前は――ヴァッツ!」
クラークのソードメイスを切り払った男――ヴァッツは、剣を鞘に収めながら言った。
「何のつもりだ……」
「マスターからの命令です。ディスタンスメンバーは火急速やかにブルトニア砦ヨルブリンガルに戻ること。任務遂行中の者は、その任務を中断して戻れとのことです。」
「なん……だと……」
「さらにもう一つ。クラーク、あなた個人への命令です。プリースト柚葉を今は殺すな、とのことです」
ヴァッツのその言葉に、クラークの表情が一変する。
「ばかな……そんな……」
「ですから、それ以上の行為はやめてください。でなければマスターへの反逆ととられますよ、この男にね」
男、ヴァッツがそういった瞬間、ヴァッツの横に突然一人の男が姿をあらわした。
「涼葉……」
「ということで、もどりますよクラーク。巫女の妹についてはまた後日です」
「くそっ、いくぞルビー」
クラークは乱暴にブルージェムストーンを地面に投げつけ、ワープポータルの呪文を口早に唱えた。地面に小さな魔方陣ができ、そこから空間転移の門がひらいた。
「……命拾いしたな柚葉、だがいつか……いつか必ず俺が――」
そう一言言い残し、クラークはルビー、ヴァッツをつれ転移門の中へと足を踏み入れた。門が閉じた後には、死人のような瞳で座る柚葉、それをただただ呆然と見つめる事しかできない雪乃、そして先ほどから姿をあらわしたままの涼葉のみとなった。璃緒はいつのまにかどこかへいっており、姿が見えない。不意に、
「柚葉――本当にお前までプリーストになっていたのだな」
涼葉がポツリとつぶやいた。それに対して、柚葉の体がピクリとうごいた。
「だが……願わくばお前の記憶が戻らない事を――」
そういって涼葉は、懐から蝶の羽を取り出し発動した。一寸の後、涼葉は姿を消した――
☆
「ゆず……?」
後に残された雪乃が、柚葉の肩にそっと触れる。しかし、柚葉のほうにはまったく反応がなく、雪乃の言葉にも、その体の痛みにすら気が回らないかのようにただただ虚ろな瞳でどことも知れない場所を見つめていた。
「やだ……やだよ……」
柚葉の肩に触れる雪乃の瞳に、大粒の涙が光る。それはみるみるうちに多くなってゆき、ついには瞳から頬を伝って足元へと落ちた。
「いやだ……死んじゃ嫌だ……」
雪乃は、やさしく柚葉の体に触れその腕に力を込めた。
「我、汝が傷を癒さん!ヒール!」
呪文と共に雪乃の腕から光が放たれる。しかし、その光は柚葉のそれとはちがい非常に弱々しく輝いている。
「ヒール!ヒール!」
何度も何度も、雪乃は柚葉の傷に向かってヒールを唱えつづけた。拭われる事のない涙は、絶えず流れ続け雪乃の顔はくしゃくしゃになっていった。
「ヒール……ふぇぇえ……」
いつしか、その腕から光が出なくなっていった。もともと魔法は精神力を力として使う。そのため、術者の精神力がきれてしまったとき、それ以上の魔法を使うことはできなくなってしまう。また、もともと雪乃は柚葉とことなり知力(Intelligence)の訓練をつんでいない。
「なにが……なにが巫女の血よ!」
自分は余りに無力だ……
「守れないじゃない……守れないじゃないのよ!」
ボロボロと出てくる涙が止まらない。体には力がはいらず、立っている事すらもできなくなり、雪乃はその場にへたりこんでしまった。
「だめじゃない……アコライトになったって、誰も救えないじゃない」
雪乃の頭の中に姉、雪音の顔が浮かぶ。
「雪乃……私たちの家は、代々プリーストとなる事を強制されてきた……私は、それを苦とはしないけれど、雪乃までその道を歩む事は――」
そういって寂しそうな笑顔を浮かべた姉。姉みたくなりたかった。ただそれだけのためにアコライトになった。なれば――姉のように誰かを救えると思った。
「いや……いやぁ」
いつしか……雪乃の声は、喘ぎへと変わっていた……
いまなら……姉が死んだ時の柚葉の気持ちが分かるような気がした――