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柚葉達が街中で璃緒と再会を果たしているころ、飛鳥は時計塔の最上階を目指して進んでいた。現在飛鳥のいるフロアは地上3階。アルデバランの時計塔は地上と地下にそれぞれ階層があり、そのどちらにも数多くの魔物が生息している。現在飛鳥のいるフロアには、大時計の化け物アラームや、古い魔道書が魔力によって意思をもった魔物、ライドワードなどが生息している。
「あーあ……ファイアーウォールさえあれば楽にいけるんだけどなぁ」
3匹のアラームに囲まれながらも、ストームガストでそれを撃破しながら飛鳥はぼやいた。
「まぁ……これがあるんだししかたないわな」
そういいながら、飛鳥は自分の左腕を見つめた。そこには、黒色の文字とも絵ともとれるような紋様の刺青が彫られていた。「ふぅ――」と一つため息をついてから、群がってくる魔物を蹴散らして進む。少し進んでいくと、目的の場所が見えてきた。目の前に大きな扉がそびえたち、飛鳥はマントの中からゴソゴソと一本の鍵を取り出す。そのとき、手に当たった白ポーションを念のためにと口に含む。その際に白ポーションの残り個数を確認するとそれが非常に少ない事に気がついた。
「うげ……白ポーションをケチるべきじゃなかったな……」
これがきれることは、自分の身の危険を意味すると思うと、恐怖に小さく体が震えた。
それから、自分の手に持った鍵を扉に向かってかざし力を込める。ここ時計塔には、最上階と最下階ににはいるための扉があり、それをあけるには特殊な鍵が必要になっている。その鍵は一度扉を開くと使えなくなってしまうため、鍵を使う際には慎重に時を見定めなければならないのだが、飛鳥はためらいもなくその鍵を使い扉をひらいた。
扉を開いて中に入ると、そこにはとても開かれた空間が広がっていた。
「ぁ―…とりあえずここまではたどり着いたな――」
少しの間休憩をとろうと思い、飛鳥はその場に腰掛けた。途端に、飛鳥の左腕に刃物で突き刺すような激痛が走った。
「いってぇ――」
こらえきれず、飛鳥はその場にうずくまってしまった。時間がたつにつれ、その痛みはおさまっていくどころか、さらに強くなっていく……。そんな状態で周囲への注意を完全に失ってしまっていた。
飛鳥がうずくまっている時、彼の周囲を取り囲む無数の影があった。普段ならば飛鳥もその存在に気づいていたのだろうが、痛みで周囲への注意を完全に怠っていた。
ガタリと音をたて、飛鳥の周囲を取り囲んでいた魔物たちが姿をあらわした。青色のスーツを着たふくろうの魔物、オウルデューク。3階にも存在したアラームやライドワード。大きな古時計に魔力がかかり生まれた魔物、クロック。
10を越す魔物の出現に、飛鳥は大急ぎで呪文の詠唱を開始した。
「邪なる物をうつ大いなる嵐よ、ストームガスト」
唱え終えた瞬間周囲に嵐が巻き起こり、辺りの魔物たちは氷像とかした――ただ一種の魔物、オウルデュークを除いて。
詠唱を終え、直ちに次の詠唱に入ろうとする飛鳥にむかって、オウルデュークの群れが攻撃を仕掛けてきた。手に持った傘から光がはなたれ、飛鳥の頭上に雲が出現し、その直後に飛鳥の体をたくさんの稲妻が襲う。
「ぐあぁぁ」
あまりの衝撃に、つい口から悲鳴が上がる。こらえきれず飛鳥は地面に方膝をついた。
それを見て、ニヤリといやらしい笑みを浮かべたオウルデュークたちが、とどめをささんと飛鳥に迫る。
「ちっ――ここまでかよ……」
もうだめだ――
そう思い、瞳を閉じた飛鳥に暗闇を閉ざす一寸の光が包んだ。瞳を閉じていても分かる美しく、暖かい光。そして、閉ざされた耳に響く「グランドクロス」という声。
すぐに来ると思っていた激痛がこない事に半ば不思議な気分で瞳を開くと、そこには今の今まで自分を襲おうとしていた魔物たちの死体と、その中心に立つ女性の姿があった。
風になびく輝くような白銀の髪。身に纏う鮮やかな甲冑は、髪と同じく白銀で美しい装飾が施されている。まるでギリシャ像のように完璧に整ったプロポーション。誰もが振り向くような美しさを持つその女性に、飛鳥は見覚えがあった。
「……リリス?」
「ひさしぶりだね――飛鳥」
「なんで――」
「いいから、ささっとこの魔物を片付けちゃうよ?」
そういって女性――リリスは、飛鳥にヒールの魔法を唱えた。それによって傷を癒した飛鳥は、その場にたちあがることができた。
「まだ……まだ大丈夫だ。リリス、時間を稼いでください」
「OK。全力でぶっぱなしちゃいなさい!」
「了解!」
それだけ言い放つと、飛鳥はすぐに詠唱に入った。それをとめようと飛鳥に向かい攻撃を仕掛ける魔物たちに向かって、リリスは一歩だけ踏み込んでから手に持った剣を十字にふった。
「ホーリークロス!」
その剣から白い十字の光が放たれ、それに触れた魔物が蒸発していく。それをみながらクスリと微笑むリリスに、魔物たちは一瞬怯みながらも攻撃の標的をリリスに絞り突撃する。だが、その全てがリリスの剣によってはじき返される。そして――
「いきます!我が前に立ちはだかる愚かなる者をうちくだけっ!ストームガスト!」
その途端、リリスの足元を中心に嵐が巻き起こり、周囲にいた全ての魔物が消滅した。その残骸を眺めながら、リリスは賞賛の拍手を飛鳥に送った。
「さすがだねぇ」
「いえ……助かりました」
「まぁ……シウスに会いに来たんでしょ?おいでよ」
そう言ってリリスは、飛鳥を片手で招いた。