「んじゃまたなー」

「あぁ、またな」

会話の後、食事をすませた一行は食堂を出たところでチャドと分かれることになった。その際に「デザートだけは必ずどんな量食べててもあの姉ちゃん食ってたからな」というチャドの発言に対して、プクーっと風船のように顔を膨らませながら「私はちがう」と言い張った雪乃だったが、結局それだけでもお腹の膨れそうな量のデザートをペロリとたいらげた。

「んじゃまぁ……オレはこれから時計塔に行ってくるからさ、二人はデートでもしててくれ」

 チャドと別れた後、とりあえずと言って体の汚れを落としてから飛鳥は柚葉達に言った。

「ちょっとまて……」

「ん?」

「デートとかこつけて俺達に買い物をすべてさせるつもりか……?」

 飛鳥の発言に、柚葉は鋭く返す。だが、飛鳥の方はニヤニヤと笑っているだけで返事をしない。そんな様子を見ながら、一人顔を真っ赤にさせた雪乃が

「デート……なんで私が……?そんなことしなきゃいけないのよぉ……」

 またしても間の抜けた返答を返した――。いやそうな口調で言ってはいるが、赤く染めた頬や、ろれつの回っていない口からそれが少なくとも嬉しいという事は柚葉にも理解が出来た。

「はぁ……わかった、行ってくる」

「うんうん、楽しんでおいでよ」

 そう言われ、半ば強制的に二人はデートをすることになった。

「ごめんな……けど、こうでもしないとついてきちゃうだろうからさ――」

 遠くに向かっていく二人を見ながら、飛鳥は呟いた。

「この戦いは――一人で行かなきゃいけないんだ……」

 そう言って飛鳥は、左腕を見つめていた――




 飛鳥の言葉で、しぶしぶ町に買出しに出かけた柚葉達は、町の南にある道具屋でこれからの旅に必須となる必需品を買い揃え、その帰り道で休憩もかね水辺のイスに腰掛けた。

「――雪乃」

「ふぇ?」

 それまで黙っていた柚葉が、突然雪乃の名前を呼んだ。

「雪音姉さんは……君にとってどんな人だったんだい?」

「んー?どんな……とは?」

「いや……その、なんていうか――」

 自分から聞き出したものの、柚葉は言葉に詰まってしまった。正直、何を聞きたいのかが整理できない。

「お姉ちゃんは……」

「ん?」

「お姉ちゃんは私の家の仕来りを守ってプリーストになった」

 仕来り――それは、雪音が一度だけ柚葉にもらした事のある話題だった。自分の家は巫女の家系であり、代々その家に生まれた女性はプリーストになることを強制されているのだと……。それは雪音にとっていやだったのか?という柚葉の問いに雪音は「いつかゆずにもわかる日がきっとくるよ」とだけ言って笑った。いつもの笑顔で――

「そうか……」

「お姉ちゃんはいつも言ってた。私のこの力はだれか大切な人を守るためにあるんだって……」

 そう言いながら、雪乃は微笑んだ……

「けどね、お姉ちゃんは私にはプリーストなんてならない方がいいよって言ってた……。家の仕来りなんかに従って自分の気持ちを束縛されたりするのは私だけでいいんだって……」

「……」

「自分のしたいことを雪乃はしなさいって……いつも言ってた――」

 雪乃の瞳に、大粒の涙がたまっていく……。そしてそれはみるみるまに量を増やし、ぼろぼろとその頬をつたいはじめた。

「けど…けど私はお姉ちゃんみたいになりたくって……こうやってアコライトの道を選んでた。お姉ちゃんは私に馬鹿って言ったけど……それでもお姉ちゃんみたくなりたかった――」

「あぁ……俺も同じだった……」

「でも……でもね、お姉ちゃんが死んじゃって……私が目指してたアコライトはまったく意味がないものになった。けど……それでも私はアコライトに転職をした……今ではそれが正しかったのかすらわかんないけど……そのときはそれでいいんだって思った――」

 雪乃の声がいつの間にか涙で嗄れていく……

「ゆず……私ね、ゆずを憎んでそのために旅をしたっていったよね?」

「あぁ――」

「あれ……本当は嘘だったんだと思う」

 そう言って雪乃は、自分の腕を見つめた。

「嫌だったんだ……あの家にいるのが――」

「ん……?」

「お姉ちゃんが死んで……その後に私がアコライトになったことで、私を単なるお姉ちゃんの代わりとしてみて……お姉ちゃんの存在をもういないんだからって……それだけで終わらせようとするあの家にいたくなかったんだよぉ」

 その言葉の最後は、もはや喘ぎとかしてしまっていた……。それは、この小さい少女の小さな胸に背負わされるには余りにも耐え難い現実だったのかもしれない。その苦しみこそが、この子の柚葉への憎しみを増加させ、今回のようなことをうんでしまったかもしれないと思った時、柚葉はこの少女を守ってやりたい……この苦しみから少しでも解放されるように支えになってあげたい……そんな風に思え始めていた。これは、雪乃にとっては単なる慰めや哀れみと感じるかもしれない……けれど、柚葉の胸に生まれたこの感情は確かに本当だった。

「雪乃……」

「ぅ……?」

「アコライトになったからといってプリーストにならなければいけないわけじゃないと思う。それがいやならモンクという手段もあるし、たしかにもう道は限られているのかもしれない……けど、君のなりたいものになればいいと俺は思う」

 その言葉を聞いて、雪乃はまっすぐに柚葉を見つめた。

「なりたい……もの」

「うん」

「……うん」

 いつしか……雪乃の瞳からは涙が消えていた――




「さて……なんか甘いもの食べたくないか?」

「……アイス食べたい」

「あはははは、OKんじゃ食べに行こうぜ?」

 二人は、ずいぶん長い間座っていたような気もしつつ、イスから立ち上がった。その時――

「よぅ…お二人さん並んで。デートかい?」

 一昔前の冷やかしのような口調で、一人の少年が二人に話しかけてきた。その少年に、柚葉は見覚えがあった……

「璃緒……?」

「久しぶりだな、ゆず」

 なんとも……不思議といやな予感がした――

 たしかに、本来こう立て続けに思い出のある人間に会うなどという事はめったにない。――だがそれ以上に

「なつかしついでに……もう二人ほど紹介してやるぜ」

「ん?」

 その発言の後……柚葉は、背中が妙に冷たくなるのを感じた――

(この……背中が冷たさを通り越して……痛みを訴えるほどの殺気は)

 コツリコツリと、規則正しい足音を鳴らしながら、二人の男女が柚葉達の前に姿をあらわした。そのどちらもが、柚葉の見覚えがある顔だった。そして……そのうちの男のほうが柚葉にむかって――

「久しぶりだな……柚葉。雪音が死んで以来だから……6年ぶりか?」

「貴様は…クラークッ!」



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