「ハァ…ハァ…つ…ついたぁ……」

「ふぅ……なんとも…俺はまじめに今回こそ死んだかと思ったぞ…」

「はぁ……わ…私もだぁ…」

 プロンテラからアルデバランをめざし北に向かって進路をとっていた柚葉と飛鳥は、プロンテラの北に位置する森の中で雪音の妹である雪乃と出会う。柚葉を憎み、その命を奪おうとしてきた雪乃であったが、飛鳥の言葉によってなんとかそれをあきらめ、柚葉達と共に旅立つ決意をした。結果として三人となった一行は、ふたたびアルデバランを目指して旅を続けた。が……

「……あのあと、地図どおりの道にたどり着いたのになんでいつのまにか迷ってたんだ……オレ達」

「飛鳥……結局君が言った左って言うのがまた外れてたんだろう……?」

「うぅ……やっぱそうなのかなぁ……」

 道をまた迷ったため、そこから一日足らずで終わるはずの道のりを四日間かけて歩きとおしたのだ……

「ゆず……私おなかすいたぁ……」

 結果として、用意していた食料が尽きてしまい、最後の一日は食事を取っていないのだ。育ち盛りでもある雪乃にとって丸一日食事を抜くというのは、もはや死活問題であった……。現に、絶えず雪乃のお腹からはクーという音が聞こえてきている。

「とりあえず――雪乃が餓死してしまう前に食事を取るとしようか」

「あぁ、だったらオレ達がずっと行ってたあっこでいいんじゃない?」

「……まだあの宿がつぶれていなければいいんだがな」

 ここアルデバランは、柚葉が一次職であるアコライトのころに、同じく一次職であったマジシャンの飛鳥と共に修練をつみにきていた町であった。そのため、この町の地形についてはかなり詳しい。だが、柚葉のほうはしばらくこの町に来ていないため、どの店がのこっていてどの店が新しく出来ているのかがわかっていない。

「んー…まぁ、あるんじゃないか?とりあえず行ってみようぜ」

「そうだな……、雪乃立てるか?」

「なんとかぁ…」

 そんなこんなで、柚葉達一行は町の宿屋へと向かった。




 まだ同じ場所に残っていた宿屋に着いた三人は、早々に部屋の予約を済ましその食堂へ降りていった。そこで料理の注文をしつつ、柚葉は飛鳥に向かって口を開いた。

「で……何度も聞こうとして邪魔が入ったんだが……。結局ここへはなんの用事があってきたんだ?」

「ん?あぁ……えっと、この旅の目的っていうのは少しだけど話したよな?」

「あぁ……会いたい男に会ってそいつを倒すため……だったか?」

「うん、そうなんだけどね」

 急に神妙な顔つきになった飛鳥に、柚葉は少し戸惑いながらも質問を続ける。

「なんてか……その人がここにいるって情報が入ってさ。ただ……一所に留まることがほとんどない人間だからさ……」

「いるかはわからない……ってところか?」

「そういうこと」

 そう言って飛鳥の方は、すこし寂しそうな表情をした。いつもは明るく振舞っている飛鳥だが、時折このような寂しい表情をする。それについて何も聞いたりはしないが、まるでそれをするのをためらっているような飛鳥の表情に、柚葉は不思議な違和感のようなものを感じていた。

「ねね……、デザートも頼んでいい……?」

「ん……?」

 不意に、雪乃が周囲の空気を打ち壊すように小さく呟いた。

「えっと……あぁ、かまわないよ。ただし食事の量を考えて頼みなよ?ずっと食べてないからたくさん食べれるだろうと思って頼んでから、デザートが食べれなくなったりしたらつらいだろう?」

「ぁ……そうだぁ……」

 突然の雪乃の発言に、柚葉はあっけにとられながらもなんとかかえした。それに対して、雪乃は口をぷくーっと膨らましながら「これとこれを食べたらこれは食べれないよなぁ……」などと、ぶつくさと言いながらメニューとにらめっこをしている。

 そんな二人を見ながら飛鳥は、

「まぁ……これはオレが一人で行かなきゃいけないんだ……だから、そのへんを大目にみてやってほしいんだけどいいか?」

 クスリと微笑んでから言った。そんな飛鳥に対して柚葉は「わかった……」とだけ返し、自分の料理の注文を口早に済ませた。

 

 

 

 カチャリという音をたてながら、ウェイターが柚葉達のテーブルに食事を運んできた。その様子を雪乃はまるでマンガのキャラクターのように目をキラキラと輝かしながらみている。いまにもその目から星が出てきそうな勢いである。

「あはぁ〜おいしそう」

「そうだな」

 まるで兄妹のような二人のやり取りをみながら、飛鳥は数日前の憎しみをぶつけた雪乃の瞳を思い出していた。それから考えれば、ありえないほどの進歩である。もともと人当たりのよい柚葉に、雪乃はまるで兄のように慕っている。柚葉も雪乃のことを煩わしいと感じているようにはなく、妹を可愛がるように雪乃にやさしく当たっている。

「平和……だなぁ」

 などと飛鳥は、まるで老人のようなことをポツリとこぼした。

 そうこうしている間に、料理が全てそろい、食事を開始した。

「チャド――?」

 自分の皿に盛られた食事を口に運んでいた柚葉が、突然声を上げた。見ると、そこには見覚えのある帽子の男が立っていた。

「ん?ゆずっぺか?」

 その声を聞いた男――チャドは、柚葉達のほうに向かって走ってきた。

「チャド?やっぱあんたか!」

「おうおう!お前らこそなつかしいじゃんか、ゆずっぺにあすかん」

「ぅっげ……まじかよぉ」

 再会を喜ぶ二人を横目に、飛鳥は一人怪訝そうな顔をしている。

「一瞬見間違いかと思ったぞ、チャド」

「うぇっへっへ、しっかしかわっとらんのぉ、お前らは」

 三人でわいわいと会話をしている中、真剣な表情で食事を口に運んでいる雪乃を見て、チャドは少し不思議そうに

「ん?この子は?」

「あぁ、この子は……雪乃。雪音姉さんの…妹さんだ」

「ゆきっちの妹?」

「……あぁ」

 食事をしている最中に、突然自分のことを呼ばれ、不思議そうな顔をしながらも雪乃は食事の手をやめないでいた。

「ふーん……、言われてみればたしかににとるな……」

「言われれば……なのか?俺からしてみればこれほどそっくりな姉妹っていうのも珍しいと思ったんだがな」

「はっはっは、ゆずが言うんならそれがただしいのかもな」

 柚葉の台詞に大笑いしながらも、チャドそして柚葉もだが、二人とも寂しいような嬉しいような、どちらとも取れないような瞳で雪乃を見つめていた。その様子をまるで隠れるように聞いていた飛鳥だったが、チャドに頭をポンポンと叩かれてイヤイヤながらもそちらの話に加わった。

「飛鳥もまったくもってかわっとらんな」

「お前のほうはかわらなすぎだがな……チャド」

「なんでそんなに機嫌悪いんじゃ?せっかく再会できたのによぉ」

 豪快に笑うチャドに、飛鳥は「オレは会いたくなかった」と口の中で文句を言った。

 そんななか、一人全ての食事をすました雪乃が、

「やっぱり……デザート頼んでいい?」

と間の抜けたセリフを言った。

「ふ…ふっはっは、こいつぁいいや」

 そのセリフに、チャドと柚葉がそろって笑い出した。

「ふ…ふぇ?私なにかへんなこといったぁ?」

「ふふ……ごめんごめん、いやさ――すっごいなつかしくてね」

「なつかしい??」

 わけを聞いてみても笑い続ける二人に、雪乃はさらに怪訝そうな顔になって問い返した。

「いつも……君のお姉さん、雪音が言っていたセリフがあってね」

「ほぇ?」

「デザートは別腹」

 チャドと柚葉がほぼ同時に言って爆笑しているのを見て、雪乃はきょとんとした表情になった。



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