第2話 二人の祈り歌――

3. back alley’s sorrow

 

 ベルがなり、ホームルームが終わった。何事もなく今日一日の授業も終わりを告げ、教師の口からは事件に対して何もかたられることはなかった。

「みずきー」

「ん?」

 クラスメイトの女の子が、私の名前を呼びながら近づいてきた。

「どうしたの?」

「あのさ、今日帰りにケーキバイキングいかない?近くに新しくできたんだけどさ」

「ぇ、あの……その」

 私が口ごもっていると、女の子の方はポンと手を叩いて。

「はっはーん、宗介君とどっかいくのかな?」

「いや……そうじゃなく」

「あら、違うの?珍しいわね」

 コロコロと表情のかわる女の子に、私は一言「ごめんね」と言ってから鞄を取った。

「今日は……大切な買い物があるんだ」

 鞄を持って教室を出る。階段をおりつつ、今朝のことを思い出す。

(私にいえない用事ってなんなんだろ……)

 少しだけ……いやな予感がしていた――

 

 

 

 トントンという規則正しい音を立てながら、私は階段を下りた。

「あれ、そうちゃん?」

 ちょうどそこにいた宗介に、私は声をかける。宗介の方も、私に気づいたらしく私に小さく微笑みをうかべた。

「いまから用事?」

「あぁ、お前の方は行きたい所っていうのに行くのか?」

「うん、そのつもり」

 他愛のない会話を交わしながら、宗介のことを見つめる。

「気をつけていってこい。ごめんな、付いていってやれなくて」

「うぅん、いいんだよ」

 宗介の言葉に、私はニコリと笑う。用事について気になるが、宗介が言わないのならば仕方ないと自分で自分に言い聞かせ、私たちは並んで下駄箱へ向かった。

「あのさ……そうちゃん」

「ん?」

 ふと気になって、私は宗介に声をかけた。

「もうすぐ――」

「宗介君、こんにちは」

 私が質問を言おうとしたそのとき、横から声をかけられた。

 といっても、私にではないが……

「瑞希ちゃんも、こんにちは」

「ぁ……はい、こんにちは」

 見るとそこには、私と瓜二つの女性の姿があった。

 女性の名は水樹 叶枝。私とまったく同じ顔をした宗介の命の恩人らしい人だ。

「では、宗介君行きましょうか」

「え?」

「ほぇ?」

 叶枝の言葉に、私と宗介が同時に声を上げた。

「さぁさぁ」

「え?え?」

 あれよあれよという間に、宗介の腕をひっぱって叶枝は校門のほうへ行ってしまった。

「ほ……ほぇ?」

 私の方はというと、一人ぽつんとその場に置き去りにされなんともいえない状態になってしまっていた……

 

 

 

「で……どういうつもりなんですか?」

 瑞希が見えなくなったところで、宗介が口を開いた。

「どうとは?」

「俺はあなたと会う予定なんてなかったんですが?」

 瑞希との会話の途中で切り離されたせいか、宗介の口調はかなりトゲトゲしいものになっている。

「それなのに……いきなりこんな」

「私が会いたかっただけです。それじゃ理由になりませんか?」

「ならないですよ!」

 力いっぱい否定しながら、宗介は自分の腕に絡む叶枝の腕を無理やりにどかした。

「すみませんが……俺はこれから予定があるんで……これで失礼します」

 振り替えり、うやうやしくお辞儀をしてから宗介はその場を後にした。

 

 

 

 町の開発がすすむにつれ、忘れ去られ――表の世界からきられてしまった裏通り……

まさに今の人間社会の縮図のような町の表と裏……

「ぅ……暗いな……」

 昼間でも薄暗い路地を進むと、そこらかしこで鳴る小さな音すらも恐怖の対象になってしまう。

「なんでこんなところにあるんだよぉ……」

 機嫌が悪いせいもあって、私は知らず知らずのうちに頭で思ったことが口をついて出てしまっていた。

「なんで……一人なんだよぉ……」

 振り返ってもいない宗介の姿に、なんともいえない淋しさを感じる。

 ただ一人人がいないというだけのこと……

 だが、たったそれだけのことが今では非常に大きな違いのように思えた――

「はぁ……水樹叶枝さん……かぁ、名前までひっくりかえしただけじゃん……」

 まったく作者のいい加減な……ではなく、自分にあまりにもよく似た女性に嫉妬の感情しか浮かんでこない。

 それは、宗介のそばにいることがうらやましいというのではなく、彼女が女性であるということがうらやましいのだ――

「本当に……今日だって……」

 今日見た光景は、私にとって何よりも衝撃的な光景だった。

 私に言えない用事が、自分と同じ顔の少女とのデートだったのだから……

「あさって……なのに……」

 明後日は、私と宗介の誕生日なのだ。

 もともと、同じ日に生まれたというのが二人が友人になった理由。はじめはそれだけだったのだ。

 それが、いつしか一緒にいるのが当たり前のような二人になり……

 気がつけば……報われることのない想いをその胸に秘め始めていた――

「……ふぇええ」

 瞳から頬を伝い、大粒の涙が地面に落ちた。

 拭え切れない涙が、次から次へと零れ落ち、頬をぬらしていく。

 そんな自分が情けなくて、余計に辛い気持ちに満たされていく……

 

「どうしました?」

「ほぇ……?」

 気がつくと、目の前に一人の少年が立っていた。少年といっても、見た感じからして年齢は私よりも少し高い程度であろう。

「そんなところで泣いていると……余計に辛くなってしまうよ。おいで、こっちに僕の店があるんだ」

 そういって少年は、私の手をひっぱって立ち上がらせた。

 突然のことに、私のほうはあわてつつも、なんとか理性を取り戻した。

「あ……あの」

「ん?というか、僕の店に用事があったんでしょ?すぐそこにあるペンダントのお店だよ」

「え……」

 たしかに、私はその店に用事があってきた。だが、そんなことは一言もしゃべっていないのだ。

「おいで……プレゼントでしょ?」

「え……あ……はい」

 なされるがままに、私は腕を引かれて店に運ばれていった……

 

 



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