第2話 二人の祈り唄――

4.ecret tears

 

 ねぇ……

 聞こえてる?

 あなたは今……

 どこにいるの?

 

 教えてよ……

 私は……

 

 どこへいけばいいんですか……?

 

 

 

 カランカランというちょっと間の抜けた音が響き、私は室内に入った。

 外から見ても、薄く洋風なイメージはあったが、中に入るとそれはさらに色濃くなっており、まるで別世界にやってきたような雰囲気だった。

「それじゃぁ、奥にいますので、御用がありましたら、ベルでお知らせください」

 そう言って、私をここへ連れてきてくれた少年は奥へと入っていった。

 結局、何も言っていない私のことを全部わかっていたことに関しては、まるで返答もなく。ひっぱられるようにこの店にやってきたわけだが……

「絶対あやしいよね……」

 単なる当てずっぽうにしては、的を射すぎている。また、泣いていたのを慰めるためにしては、やることが大げさすぎる気もする。

「まぁ……考えても仕方ないか」

 とりあえず、今日ここに用事があったのは本当なので、その用事を済ませることにした。

「そうちゃん……どれがいいんだろ」

 ここにきた理由というのは、宗介の誕生日プレゼントを買うためだ。

 友人に聞いていた通り、かわいらしいアンティークがそろっている。これなら、商品を眺めているだけで何時間もたっていると言っていた友人の言葉にも納得がいく。

 だが、そうなるとかえってドレがいいか迷ってしまうのも確かだ。

「ここまで多いと……ちょっとこまるんだけど……」

 闇雲に眺めていても、どれもかわいくて困る。かといって、コレ!というものもそうそう見つかるものでもない。

 そうこうしていると、奥にいったはずの少年がまた出てきた。

「ぁ、邪魔しちゃいましたか?」

「いえ、そういうわけでは」

 その姿を、じっと眺めている私に、気まずいものを見たといった様子で少年は聞いてきた。

「えっと、どれがいいか迷っちゃって……」

 なぜか、そんな言葉が口をついて出た。

 自分でも不思議な気分だった。まるで、宗介と一緒にいるときのように、落ち着くというか――

「そうですね……」

 そう言って、少年は私の肩に手を触れた。

「大切な人の誕生日なら……」

「え?」

(まただ……)

 また、私は何もいっていないのに少年にプレゼントのことを見抜かれてしまった。

「彼氏……じゃぁ、ないんだね。でも、それと同じような存在――」

「彼氏じゃありません!私は男です!」

「あはは、わかってますって」

 なんだか、ペースに乗せられているようで、変な気分だ。

「そうですね……コレなんかどうですか?」

 そう言って差し出されたのは、小さなロケットペンダントだった。

「二人で思い出の写真を入れたり、対になるペアを二人で持つなんていうのもロマンティックですよ」

 少年の言葉など、私の耳には半分もはいっていなかった。そのペンダントの美しさに、見とれてしまっていた。

「きれい――」

 そして、口から出たのはあまりにも子供っぽい、簡単な言葉だった。

「どうでしょう、二つならサービスしますよ」

「それ……ください、二つ」

「はい。じゃぁ、綺麗に小箱にいれて包みますから少し待っててくださいね」

 程なくして、水色のペンダントケースに入れられた二つのペンダントが運ばれてきた。それを受け取り、代金を支払う。考えていたよりはるかに安い金額だったことに驚きながらも、私はいいものを買えた喜びに浮かれていた。

 

 

 

 暗がりを進む宗介は、多少の嫌悪感と苛立ちで目標を見失いかけていた。

 こうして一人で歩くこと、瑞希と離れていることに違和感を感じているだけなのかもしれないが、先ほどの叶枝とのことが重石になっているような気がした。

「チッ――」

 気がつくと、周囲を囲まれている。

「よぉ、兄ちゃん。ここにを通るにゃ通行料が必要なんだけどよ」

 そのうちの一人が、宗介の前に現れた。

「ちょこっと払ってくれりゃ、数発殴るだけで許してやっからさっさとだしな」

 数発殴るだけ、という言葉に多少呆れながらも、宗介は口元に皮肉じみた笑みをうかべた。

「出しても出さなくても殴られるんだったら、貴様らを殴って逆に金を奪った方が得だよな」

 その言葉に逆上したのか、周囲を囲んでいた男たちが一斉に姿を現した。

 男たちはそれぞれ手に武器を持っており、いかつい顔に笑みを浮かべている。

(アホウが……何のために囲んでいたんだ)

 それまで、きちんと囲んでいたのに、怒りで我を忘れたかその位置はバラバラになってしまっていた。

「やっちまえ!」

 主犯格の男が上げた声を合図に、男たちが一斉に襲い掛かってきた。それを流れるような動きで受け流し、すれ違いざまに拳をその腹部へと叩きつけていく。それで倒れなかった男には下顎を斜めから殴りつけて倒す。まるでダンスでも踊っているかのようなその動きは、あっという間に周囲を囲んでいた男たちをひれ伏させ、残る者は前に立っている男一人となった。

「まだ……やるのか?」

「ヒッ……」

 それまで余裕を見せ付けて構えていた男が、突然慌てて周囲を見回しだした。

 それを哀れむような目で見つめながら、男の横を通り過ぎる。そこで緊張の線がきれたか、男はその場にへたれこんだ。

(くだらない……)

 それがあまりにも滑稽にみえて、宗介は下唇を噛んだ。

 本来宗介は自分の力を見せびらかすようなことを好ましく思ってはいない。だからこそ、普段ならばこういう力ずくで場を収集させるようなことは絶対にしない。だが、今の宗介は焦りと苛立ちで自分を保てなくなってしまっていた。

 目の前にある全てを壊したいというような衝動にかられる。そしてその度に頭に浮かぶ少年の顔が、寂しく、今にも泣き出しそうな表情を浮かべたまま微笑む。

(瑞希……今の俺をお前が見たら、なんて言うだろうな……)

 そんな自分が嫌で、自虐気味になる頭をなんとか動かして、前を向く。そこに来て、ようやく自分の本来の目的地を見つけた。

「……ここか」

 そこは、古い洋館のようなつくりをした建物。ほこりをかぶり、あちらこちらに傷のはいった看板には、「Clover」と書かれている。もっていた地図と照らし合わせ、そこが目的の場所であることをもう一度確認する。そして、ゆっくりとその扉をひらいた。

 古く重い扉が音を立てて開き、宗介はゆっくりと中へと踏み入った。



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