第2話 二人の祈り歌――
2.Come to an end
ピピッピピッという規則正しい機械音が耳元でなり、私は目を覚ました。モゾモゾと布団の中から手を出し、枕元にある目覚まし時計を止める。あと少しだけ寝ときたいという願望を持ちながらも、やっとの思いで布団から這い出す。
眠い目を擦りながら、洗面台へと向かう。昨日晩泣いてしまったこともあってか、目の下が少し赤く膨れていた。手早く洗顔と歯磨きを済ます。それから昨日かけておいた制服に手を伸ばした。
「ぅー…眠いなぁ……」
ついつい口から声が漏れる。文句を言いつつも、何とか制服に着替え終わった私は、かばんの中を確認した。一つ一つ丁寧に見る。教科書の忘れ物はないか、ノートはちゃんとはいっているかなど、細かく確認をする。昨日で休校が終わり、今日から始まるということもあって、さすがに今日忘れ物をするのは恥ずかしい……
「大丈夫……かな?」
誰もいないので返事が返ってくることはないが、いつものくせで声が出る。とりあえず確認をすまし、時計を見やる。
「げ……もうこんな時間かぁ」
思った以上に時間が遅くなっていたのに気づき、髪の毛をすこしだけいじって玄関の扉を開いた。
「しかたない、行きがけのコンビニでパンでも買って食べよっと」
言う必要はないのだが、コレもまたいつものくせで声が漏れる。
玄関を出て、少し進むと大きな道に出る。そこで、いつもの少年の姿を見つけた。その姿に、私はニッコリと笑みを浮かべ少年の元に走る。少年の方も私の姿を見つけ、口元に小さな笑みを浮かべた。
「おはよう、そうちゃん」
「あのさ……そうちゃん、今日ね」
「ん?」
二人並んで学校へ向かって歩きながら、私は宗介に声をかけた。
「帰りに、寄りたいところがあるんだけど……一緒にいい?」
いつも二人一緒に帰っているのだが、今日は寄りたいところがあった。いつもどおり「いいよ」と返ってくると心の中で思いながらも、少し不安そうな表情で宗介の顔を見つめる。が――
「あー…すまん、今日は一緒に帰れないんだ。すこし用事があってな」
「ぇ……用事?」
「あぁ、ごめんな」
思ってもみなかった宗介の返答に、仕方ないかといった表情になりながらも、用事がなにかというのが少し気になった。「聞かない方がいいのに」と思いながらも、やはり好奇心の方が強く聞いてしまう……
「用事ってなに?私に言えないこと?」
一緒に行くのを断られたせいか、口調がすこしとげとげしい物になってしまった。ソレに対して、宗介は少し困ったような表情で私を見てから、「言えない」とだけ答えた。
しばらくの沈黙が二人の間を満たす。自分に言えないことの理由が分からず、胸が苦しくなる。
(私よりも大切なこと……なのかな……)
頭ではそんなことを考えながらも、自分が自意識過剰なへんなやつなんじゃないかという気分になる。私にとっての宗介と、宗介にとっての私が違うというのも理解しているから――
(そうちゃんにとって私って――なんなんだろ……)
呆然と自分を見つめる私に、宗介は口を開いた。
「瑞希は気にしなくていい、俺が……個人的にしたいだけだから」
「ほぇ?」
そう言って宗介は、私の額にコツンと手の甲を当てた。それからニコリと微笑んで、私を見つめる。何よりも大好きな、やさしい瞳。
「……そうちゃんは」
「ん?」
「卑怯よ……絶対」
私の言葉に、宗介は言葉に詰まる。
「……褒めてるのか?」
「褒めてない」
「……」
呆れたような表情で見つめる宗介に、私はクスリと口元に微笑を浮かべた。
キーンコーンカーンコーン。聞きなれた機械音が響き、授業開始時間が近いことを生徒に伝える。
あの日以後休校になっていた学校も、今日から授業を開始した。結局――なにもできずに休校時間は終了したのだ。
「というか、瑞希」
「ん?」
「お前……本気でまだ今回の事件の捜査を続けるつもりなのか?」
私を見つめながら、宗介は珍しく不安そうな表情で聞く。
「うん、もう決めちゃったことだから……」
「そうか……だが、WDUからは手を引くようにと命令がきているんだぞ?」
「……」
先日、指令書が届いてから、私はこの事件の捜査をしてはならないと命令をされている。
「お前はまだB……けど、これからもっともっと上にいくことができるだろう?」
「……うん」
「ここで……この事件に首をつっこんで、これからランクを上げることが出来なくなる可能性もあるんだぞ?」
WDUの探偵にはそれぞれランクがあり、そのランクによって与えられる特権が違う。ランクA以上である二つのランクは、その中でも特別であり、それより下にはない数々の特権が用意されているのだ。
「でも……もう決めちゃったから」
「……そうか」
私の言葉に、宗介は少し困ったような顔をしてから頷き、
「まぁ、お前の口から諦めるなんて言葉が出てくるわけないな――」
「ほぇ?」
「やろう……俺も手伝ってやる」
宗介の言葉に、私は安堵にもにた、満面の笑みを浮かべた。
教室に再びチャイムがなり、生徒は席に着き授業が始まった。
宗介もそれらと同じように席に着き、教科書をパラパラとめくる。それを横目で見ながら、教師の発言や黒板に次々に書かれていく公式などはそっちのけで、ただただ呆然と考えに浸っていた。
(おそらく……この事件の謎を解く鍵は、瑞希も言っていたように、何故あの少年があの時間にあそこへ行ったか……だ――)
それが分かればおそらくこの事件は解ける、そんな気がした。
だが、そこで問題が出る。職員室では、少年の姿は目撃されていないのだ。
一人の教師なら、嘘をついたのかもしれないという可能性もある。だから、宗介は何人もの教師にそのことを確認している。
(職員室に呼び出されて行ったわけではない……)
理由がまったくわからない……
(あの時間だと、確実に遅刻する時間だ――)
時間からして、そのまま用件をすまして帰ったとしても、次の授業にはほぼ確実に遅刻する。だが、それでも少年はその時間にそこへ行ったのだ。
(遅刻……?する……?)
ふと、そこで宗介の頭に一寸のひらめきがよぎった。
(遅刻が……遅刻にならない理由……)
それがあったとすれば、どんな時間にどこへ行っていてもおかしくはない。
(そうか……それだったんだ――)
“発想の転換”その瞬間、宗介の頭の中で散らばっていたパズルのピースが次々と組みあがっていく。
(なるほど……もしもそうなら、調べていけば確実に相手の尻尾につながる)
宗介の口元に、小さな笑みが浮かんだ。
(ちょうどいい……今日これからあそこにいく……)
宗介の瞳に、光が満ちる。まっすぐと見据える先には、望んだ未来があるような気がした。
(瑞希……二人で行こう、この馬鹿げた事件の終幕へ)
握り締められた拳が熱を持ち、宗介の決意を示しているかのようだった。