第2話 二人の祈り歌――

1.n encounter

 

「ち……まさかこんなことになるとはな――」

 町の裏通りで、一人の少年が腕を抑えている。その腕からは、血が出ており、そこのほかにもいくつかの傷痕が見える。服装から考えて、少年は高校生で、身長は同年代に比べて多少高いほうであろう。その後ろ側で、数人の男達が少年を探して走り回っている。今はこの場に隠れているものの、じきにこの場所も見つかるだろう……

 たんなる不良かチンピラだろうと油断したのがいけなかった。少年は、この裏通りでシーズについての情報を集めていたのだが、その途中で数名の男達に囲まれた。ろくに訓練も受けていないような男達で、小学校に上がる前から実家の道場で格闘技を叩き込まれていた少年にとっては、赤子の手をひねるようなものだった。

 だが、そこからがいけなかった。まさかそのあとに自分を取り囲んだ数人がプロとしての訓練を受けているものだとは思わなかった。始めはその前と同じように町のチンピラか何かが仕返しに来たのだろうと思ったが、その男達は全員が銃を持ち、明らかに訓練をつんだ動きで自分を襲ってきたのだ。

 なんとかその場で男達の約半数を蹴散らしてはみたものの、さすがに全員を一度に相手にする事は不可能であった……

「ったく…くだんねぇ…」

 苦し紛れに呟いてはみたが、この状況を打破する作戦がまったく思いつかない。半数を倒したとはいえまだ相手は5・6人はおり、銃で撃たれまともに言う事を聞かないこの腕で戦うのはまず不可能……

 そのとき、コツコツという足音が後ろから聞こえてきた。「もうだめか……」そう頭の中で思い、そちらを振り返ると――

 

「お兄さん何やってるの?」

「ぇ……」

 そこには一人の少女の姿があった――

 それも、とてもよく見慣れた……

「怪我してるじゃない、おいでよ。追われてるんでしょ?こっちに私しかしらない秘密の通路があるの」

「な……ぇ……?」

 そう言って少女は、少年の腕をひっぱってその先にある通路へと誘った……

 その通路を少し進むと、今度は非常に開かれた空間が広がった。思ってもみなかった現状。死をも覚悟した自分が助かったという安堵感。そして自分を助けてくれたその少女……

「よかったぁ、もう大丈夫だよ。おいでよ、手当てしてあげる」

 そう言って微笑む少女の姿は、自分が心のそこから愛おしく思う少年の姿にあまりにもよく似ていた……

 

 

 

「で……これはどういうことなの?」

「ん?」

 そう言いながら私は、不満気味に声を漏らした。その正面には、幼馴染である浅葉 宗介と、自分と瓜二つの女性の姿があった。

「ぁー…もう一回説明するとだな、この子は俺の命の恩人で水樹 叶枝(みずき かなえ)さんだ」

「よろしくおねがいします」

 宗介の説明に、ニコリと微笑みながら女性、叶枝はお辞儀をした。それに対して私のほうは、なんともむしゃくしゃした気分になる。それほどまでに自分と相手の姿が似ているのだ。

 まるで鏡を見ているようだった。というより、違う人間であることを疑いたくなってしまうようだった。まるで自分が別人になって自分を見ているような……そんな気分だった。ただ…一つだけ違うことがあるとすれば、目の前に座る少女は女の子で、自分は男だという事実のみ……

「話は分かったけど……なんでここにその子がいるの?」

 私の口調が、図らずしもとげとげしいものになる。現状があまりにも嬉しくないものなのだからしかたがないのかもしれない……

「だから、叶枝さんが瑞希に会いたがったからつれてきた。それだけだ」

「私がお願いしたんですよ、私とまったく同じ顔の男の子っていうのにすっごく興味があって」

 二人が同時に言ったのをみて、私は心の中で今にも泣き出しそうな気分になった。なぜかはわからないが、とても胸が苦しい。今すぐこの場から逃げ出したくなった。

「あっそ……じゃぁもう用件は済んだでしょっ!速く二人とも出てってよ!私は忙しいの!」

「な……なんでそんなこと言うんだよ」

「うるさいっ!」

 ついには、声を荒げてしまった。それに対して宗介のほうは、なにがなんだかわからないといった表情で私を見つめている。そして――

「まぁ……私がそんなにおきらいでしたら、しかたがありませんよ。宗介君、帰りましょう。そろそろ包帯を取り替えなくてはいけませんし」

「ぁ……」

 叶枝が、宗介の手をとり帰るように誘う。それを見て、私はなんともいえない表情になった。

「……まぁ、しかたがないか。戻りましょう叶枝さん」

「はいはい、それじゃぁね瑞希ちゃん」

「……」

 そういって二人は部屋を出た。その途中で、叶枝は私のほうを見やり小さく微笑む。「またね」とニッコリと笑いながら言った叶枝の表情に、まるで深い地の底に落とされたような気分になった――

「ふ……ふぇぇ……」

いつしか、私の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ち始めた。なにがなんなのかわからなかった。自分の感情が怖かった……

「そう……ちゃん」

 胸をキリキリと締め付けられるような痛みが襲う。理由は分かっていた…けど、それを認めたくなかった。認めてしまうと、自分が自分でいられなくなってしまいそうだった。

 私の声は――いつしか嗚咽へと変わっていた……

 

 

 

「宗介君は……」

「ん?」

 瑞希の家を出て、路地を回った辺りでそれまで黙っていた叶枝が口を開いた。

「宗介君は何故瑞希ちゃんがあんなになったか分かってるんじゃない?」

「ぇ……?」

「ふふ、私でも分かるくらいですもの」

 そう言って叶枝はクスクスと笑い出した。

「んー…よくわからないな」

「あらら……そうなんですの」

 思ってもみない回答が、という風な叶枝に宗介は怪訝そうな顔をした。

「瑞希ちゃん……」

「ん?」

「本当にかわいそうですわ」

「ぁ?」

 そういって笑う叶枝に、宗介はさらに顔をしかめた。

 

こうして……運命の中で交わる二人の少女が出会った……

光と影――

二つの道を歩む二人のカナエ・ミズキが……



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