1話 はじまりの歌――

2.re you rady

 

 頭に心地よい枕の感触をうけながら、鼻を突く消毒液の匂いに私は目を覚ました。私の胸の上には白い布団がかけられており、私はベットに横たわっていた。辺りを見回すと、周囲には虫歯予防のポスターや薬物投与の禁止を呼びかけるポスターなどが貼られている。それらを呆然と眺めているうちに、頭が少しずつ冴えてきた。直感してそこが保健室であるとは思ったものの、いまだになぜ自分がここで転んでいるのかが分からないでいた。自分が今まで何をしていたのかを思い出すように記憶の糸をたどりながら辺りを見回していると、

「ようやく目が覚めたのか?」

 と横から宗介の声が聞こえてきた。

「お前……あれから2時間以上も寝込んでた……」

 そう言って宗介は、私の額に手を当て「心配させやがって」と一言だけ言ってから保険医の元へと向かった。

 宗介が保険医の先生と会話をしているのを片目で見ながら、私はベットから体を起こした。見ると私の服は着替えさせられており、保健室に置いてあった服を着せられていた。それを不思議に思っていると、会話を終わらせた宗介がこちらに来た。

「……なんで服がかわってるの?」

「着替えさせたからだろう?」

 さも当然といったふうに、宗介が答える。

「誰が着替えさせたの?」

「俺だな」

 それを聞いて、私は耳の裏まで真っ赤になった。その様子に不思議そうな表情で宗介が、

「なんだ……?俺なら別に関係ないだろうが。中学の修学旅行で温泉にも一緒に入った間柄だし……何より男同士だろうが」

「なっ、はずかしがってるわけじゃないっ!」

「……何をムキになってるんだ?」

 小さな疑問を軽い気持ちでぶつけてきた。それに対してムキになって返した私に対し、宗介はさらに不思議そうな表情になった。

「もういい!」

 これ以上喋るなといった表情で、私は会話をそこで中断させた。

「よくわからんが――それだけ元気があれば十分だろう。とりあえず学校を出よう」

「うん?」

「学校は……しばらく休校だそうだ」

 

 

 

 校舎の外に出ると、肌に心地よい夕暮れの風があたった。腕につけた時計は、6時32分を示している。普段なら、最後の片づけをしている運動部の部員達の声が聞こえてくるような時間帯だが、今日は風の音以外何も聞こえてはこない。妙な静けさを背に、私たちは校門をくぐって外に出た。

 校門の外に出たところで、「そろそろいいか」と一言言ってから宗介はメモ帳を開いた。それに対して不思議そうに首をかしげていると、宗介がさらに怪訝な表情で

「記憶を――なくしているのか?それとも……逃げたいのか?現実から」

「ほぇ……?」

 容赦ない口調で呟いた。その言葉で、私の頭の奥底に沈んでいた記憶が次から次へと脳裏を巡り始めた。

 次々に頭の中でよみがえっていく記憶に、耐え切れなくなった私はその場に膝を落とした。腕がカタカタと音をたてて震えている。私の目からあたたかいものが頬を伝い、膝に音をたてて落ちた。口からは荒い吐息が零れ、言葉にならない声が漏れた。

「思い出した……か」

 そう言って、宗介はへたれこんでいる私の肩をそっと抱いた――

「――泣けばいい、俺が支えてやるから」

「そう…ちゃん」

 私の頬を涙が、とめどなく流れ続ける。頭の中に私に告白をしてきた少年の顔が浮かんでくる。必死になって想いを伝えようと、小さく震ふるわしながら握られていた腕、まっすぐと私を見つめていた瞳、震える声で精一杯好きだと言葉を紡いだ口、そのすべてがありありと私の脳裏を回る。宗介の名を呼ぶ私の声が、いつの間にか嗚咽に変わり。宗介の胸に当てていた腕に力が入る。それに対し宗介の腕は、カタカタと音を立てて震える私の肩を精一杯やさしく抱きながら、「俺は……傍にいてやる」と耳元にささやき続けてくれた――

 

 

 

 小一時間泣き続けて、ようやく落ち着きを取り戻した私を、宗介はそっと抱き起こした。宗介の胸で泣いてしまった事にいまさら恥ずかしくなった私は、宗介に顔を見られないように反対方向を向いた。その顔は耳の裏まで真っ赤に染まっている。

「落ち着いたみたいだし――とりあえず話をしたいが、こんなにも暗くなってしまってはな……」

「いい……話して。聞くよ――決めたこともあるし」

「うん――?」

 私は服の袖で目元を拭ってから、真剣な表情で宗介に向き直った。その表情に宗介は少し戸惑ったように私のほうを見た。私の髪を小さな夜風が揺らす。しっかりと宗介を見つめる瞳に、決意の意思を携え――

覚悟は……決まった

「ん――?」

「……解くよ、この事件。私たちの手で――犯人を捕まえる」

 自分の意思を宗介に伝えた――

 それに対して、宗介は軽く「やっぱしな」と笑いながら。

「それがお前の意思なんだな?」

「うん……」

「OK――付き合ってやるよ。最後までな」

 手の甲で私の頭をコツンとこづいた。いつも……本当にいつもこのたった一つの行動に救われる。そして……この一つの行動が、私に先へ進む勇気と力をくれる――

 誰かに言われたからじゃない。被害者があの少年だからでもない。

 ただ……ただ自分がこの事件を解きたい。ただそれだけ――

 だからこそ、進んでやる……この先に。なんだってできる気がするんだ……宗介と一緒なら。たとえ……どんなものが待ち構えていようとも。




 このときは……まさか、この事件のなかで私が最も大切なものを失い――

 未来という道に絶望を与えてしまう事など……思いもしなかったんだ――

 

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