1話 はじまりの歌――

1.réludeToMySuspense

 

「鼎先輩、好きです付き合ってください」

「ほぇ?」

 手紙を貰って校舎裏に呼び出された私は、一年年下の男の子にこんなことを言われた。

 真顔で言う少年に、「これって告白だよなぁ」などと思いつつも、頭の中が混乱しきっていた。

「えっと……」

「はい……」

 目の前にいる少年の真剣な瞳は、私の感情とは裏腹に迷いが一切ないようなイメージだった。

 とはいえ、いくら相手が真剣であったとしても、私にとってはそれは冗談でしかないわけだが……

「えっと、それって私に対しての告白……って受け取っていいのかな?」

「はい……そのつもりですが……」

 私が、まったく理解できていないといった表情で返答を返しているのに対して、少年は多少口ごもりながら返した。

 ふと少年の腕を見やると、その強く握り締められた手はかすかに震えていた。それをみるだけでも、少年の言葉が本気であることがわかる。

「えっと……あのね、気持ちは凄く嬉しいんだけどさ」

「だめ……ですか?」

「その……私は、君の気持ちには絶対応えてあげられないんだよ」

 男の子の瞳が「どうして?」と訴えてくる。こういう場合いつも思うことだが、本気で好きと言ってきている相手をふるのはとても胸が痛い。

「だってね、私はさ……」

 かといって、相手がどう思っているから、胸が痛いから、などと言う理由で「Yes」を出すわけにはいかないのだ。

なぜなら――

「私はこれでも……一応、男の子だから」

「え……?」

 

 

 

「で……ふったんだ」

「ぅ……しかたないでしょ?あっちだって私が女の子だと思って告白してきたんだからさ!」

 男の子に対して、自分のことを話してから教室に戻った私は、宗介にことのあらましを話した。それに対して、宗介は驚くどころか大爆笑しながら言ってきた。

「まぁ、これで何度目かも分からない状態だもんな」

 気怠そうな口調の発言に、

「数えてもないよ、そんなこと――」

 少し嫌味っぽく答えてから、後悔する。

「まぁしかたないよなぁ、誰がどう見ても女の子に見えるお前が悪いんだもんな」

 案の定、宗介は苦笑混じりの笑みを浮かべながら、最も痛い返答を返してきた。

 私は、顔や声、そして名前までもが女の子のような男の子なのだ。

 それも、ほかの人から言わすとものすごくかわいいらしく、今回のように男と間違えられて告白されたことなど一度や二度ではない。

「うるさーい!だいたい、この学校の制服のシステムが悪いんだ!」

 この学校は、制服が数種類ありその中から自分の好きなものを選んできることができる。そのシステムのため、女の子でもズボンをはくことができるのだ。

 そんな理由もあって、私がズボンをはいているからといって、一目で男と判断することができないというのも事実である。

「でも、それでもちゃんと分かるでしょ!女の子の制服と男の子の制服は違うんだから!」

 この学校に入学してから、何度となく間違えられたことから、私は男子の制服の中でも一番女子の制服と違うものを選んで着るようにしていた。

 そうすることで、制服のなかった小学校時代等に比べれば減るはずだったのだが、これと言って効果のないまま高校生生活も二年目を迎えていた。

「あれだろ……」

「ん?」

「恋は盲目」

 などと言いながらも、口元に笑みを浮かべている宗介に、私はトゲトゲしい言葉を投げかける。

「そうちゃんさ……」

「なんだ?」

「そういうことは、もっと真剣な表情とかで言おうよ」

 逆に、真剣な表情で言われていたら余計に困っていたのだが、そういうところは悟られないようにしながら宗介を見つめる。

 その視線に気づいたのか、宗介は少し表情を曇らしてから微笑んだ。

「まぁ……気にしても仕方ないだろ?お前はそいつをふったんだ。それに、ふってないにしても付き合うことはできないんだから……」

「まぁ……そうなんだけどね」

 頭では理解できているのだが、それでもやはり胸は痛む……

「お前が……そのことを理解し、相手の苦痛を理解してやることができるなら……それでいいんじゃないか?」

「……うん」

 今にも涙が出てしまいそうだった……

 今この場で、横にいる宗介にしがみ付き、声がかれるまで泣いてしまいたかった……

 だけど、それは許されない――

「なんていうか……男として生まれてきたことで、私ってかなり迷惑かけてるんだなって思ってね」

「お前……なにを言ってるんだ?」

「ほえ?」

 宗介が、珍しくまじめな顔をして私を見つめている。こういうときの宗介は、かなりきつく言ってくる。

「お前は……自意識過剰なんじゃないのか?」

「って、なにそれ!?」

 私が、宗介の言葉に面食らっていると、

「誰もお前を責めたりはしないさ」

 そう言って、宗介は手の甲で私の頭をコツンとこづいた。ずっと前――出会ったばかりの頃から、私が暗い表情をしてるといつもこうしてくれる。その度に、私は心から救われてる……。けど……

「そうちゃん、毎回毎回そんなことしても許してあげない」

 などと、かわいくないことを言ったりする。それに対して宗介は、少しだけ困ったような顔をしながら、

「なら、もうやらん。それだけ元気があれば大丈夫だろ」

「ぐ……そう返すか」

「ふん、お前が言い出したんだろ?」

 こちらからしかけたはずが、いつの間にか攻守逆転して、こっちが攻められ始めてる。

「ぅ……まぁ、今回はこのくらいで許してあげる」

 いい加減にきりあげとかないと、これ以上すると私にとってよろしくない事態にしかなりそうにない。

「じゃぁ……そろそろ席つこうか」

「そうだな」

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響き、私たちは席に着いた。だが――

「教師が来ないな――」

「だね。委員長もおそいし……どうしたのかな?」

 いつもなら、チャイムが鳴るのと同じくらいにやってくる教師が、今日に限っては10分以上たっても来ていない。さらに、先ほど教員室に呼びに行った委員長もまだ帰ってきていない。

「ん?」

「ドタバタしてる。大急ぎできたのかな?」

 程なくして、廊下を走る足音が聞こえてきた。そして――

「みんな、大変だ。この学校で殺人事件が起こった!」

 教室に向かって叫んだ委員長の声。そして、静まり返る教室内。始めは誰もが単なる冗談だと思った。だが、それが冗談ではないことがわかった時、教室内は騒ぎ出す生徒達であふれかえった。

 

 

 

「これは……」

「ぅ……ぅあぁぁぁぁ……」

一般の生徒達は至急体育館に集められ、教師の指示を仰いでいる。

 私と宗介は、特別に許可が下りる人間なので、その殺人現場に足を踏み入れる事が出来た。そして……そこで見たものは。

「瑞希……?」

 私は、“ソレ”を見てしまったせいで、人目もはばからずに宗介の胸に抱きついてしまった。

 そこにあったのは――

「私に……私に今日、告白をしてきた子――」

 小さく震わしながら、精一杯の勇気をこめていた腕はぐったりしてと放られ。私をまっすぐ見つめてきた瞳は、恐怖と驚きに見開かれ。私に好きだと言った口は、流血を湛え。告白時に高鳴っていたであろう胸には、小さなナイフが刺されていた。

「ぅ…ぅぇあぁぁぁぁ――」

 私には……それ以上その子を直視することが出来なかった――

 宗介が私の名前を呼ぶ声を聞きながら、私の意識は黒き闇へと落ちていった――

 

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