<4>
空が紫色の光を放ち、朝の訪れを静かに伝える。
夜通し降っていた雨も、宵の口には上がったらしく小鳥のさえずりさえ聞こえてくる。
そんな外の景色を見つめながら、私はどうしようもない気だるさを感じていた。
(風邪……引いちゃったかな?)
かといって、特に気に留めることも無く私は手早く着替えを済ました。
我が家の朝は早い。それは、春休みでもかわらない。
着替えを済まして食卓へ行くと、ちょうど今から朝食といったところだった。
「おはよう、利沙」
そこで、お兄ちゃんと目が合った。お兄ちゃんは微笑みながら挨拶をしてきた。それを適当に返し、自分の席に着く。
何も考えず、いつも通りの食事。これといって特別なことも無いまま終わらせて、いつも通り食器を洗う。
それから歯を磨いて、顔を洗って。まったく何も変わらないままの朝を終える。
「利沙、私たちはこれから映画を見に行ってくるから。あなたはちょっと留守番をしててちょうだい」
昼になり、お母さんが私に言った。
「わかりました。いってらっしゃいませ」
静かに返し、ふらふらとした足取りで自室を目指すが……
ドサッ
派手な音を立て、私はその場に倒れこんでしまった――
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「利沙、利沙!」
肩に力を感じて、私は目を開いた。
「おに……ちゃん?」
「利沙、大丈夫?」
どうやら、気を失ってしまっていたらしい。
頭に鈍い痛みを感じ、また意識が飛びそうになる。体に力が入らない……
「おに……ちゃん、おねがい……私の部屋につれてって……」
なんとか、口を開く。ここにいちゃ怒られる。
「何言ってるんだよ、利沙の部屋……一番寒いじゃん」
「いいから……お願い……」
「病院……病院いこう」
「お願い……戻らして……」
お兄ちゃんの顔がほとんど見えない。それでも何とか言うものの、慌ててそれどころじゃないお兄ちゃんは私の言葉をまるで聞いていないようだ……
私の頭の中も、熱と痛みで朦朧とし、ほとんど何も考えれない状態だ。それでも、この場所にいるのはいけないということだけがは分かっている。
そして、そこでいけない理由が戻ってきてしまった――
お母さんが、利奈を連れて帰ってきたのだ。
「母さん、利沙が」
「なに?」
「すごい熱で……倒れてて」
焦りを隠せないといった感じで、感情を露にするお兄ちゃんに、お母さんは急に慌て始めた。
「それは大変」
「うん、早く……早く病院に」
だが、お母さんの言葉は――
「早くその子を部屋に連れてって頂戴」
短く言われた言葉に、お兄ちゃんの顔が驚愕にゆがむ。
「え……?」
「そんなところに置いてたら、利奈にうつってしまうわ。早くその子を部屋に連れてって」
そう言いながらお母さんは、利奈をその部屋から少し遠ざけた。
「そんな……利沙の部屋は、暖房もなければ……この家の中で一番寒い場所なんですよ?」
「だからって、利奈にうつったらどうするのよ」
「……」
「最近は、少しとはいえ利奈の調子がいいっていうのに……」
その言葉に、とうとうお兄ちゃんは声を荒げた。
「利奈さえよければいいんですか!利沙も……利沙も同じ子供なのに」
今にも飛び掛らんとするお兄ちゃんを、私は力いっぱい引き寄せた。もはや私は意識を保つのがやっとで、ほとんど会話も聞き取れないでいた。だが、
「お願い……早く私の部屋に連れてって……お願い」
ゆっくりと、今にも消えそうで、ちゃんと聞き取れるかどうかわからないような声になってしまったが、それでも言う。そんな私を見つめるお兄ちゃんの顔を、直視できない。ぼやけてしまって、どんな顔をしているのかすら分からないでいた。
「利沙……」
私の頬に、あたたかい何かが落ちたような気がした。
薄れゆく意識の中、私はお兄ちゃんの腕の暖かさに、今まで感じたことの無いようなぬくもりを感じていた。
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手が暖かい。誰かの体温……
声が……聞こえる。今にも泣きそうな……子供みたいな声が……
「俺さ……名門の中学校うかって……自分はできる、他とは違う。そんな風に思ってた」
その人の顔が見たくて、瞳を開けようとするが、まぶたが鉛のように重くて開かない。
仕方なく、目を閉じてその話に耳を傾けた。
自分は何でもできる……そう思ってた。
けど、そんなわけなくて――
中学校では、どんなに勉強しても……上位に行くことはできなかった。
それでも何とか……中学を卒業して、エスカレーターで高校までいったものの、そこから入ってきた外部生のレベルもはるかに高くて、いかに自分が小さいかを思い知らされた……
何度と無く、やめようと思った……でも、そんなときに思い出したんだ……泣きそうな瞳でうつむいてた少女の顔を。
その子はどうしてるだろう。いつも、そんなことばかり考えてた。
それで、人づてにその子の事を聞いたんだ……
そしたら、その子は毎日のように辛く、酷い仕打ちを受けてること。それでも努力して、認めてもらおうと才色兼備なんでもできる子になっていっていること。たくさん聞いた……
それで思ったんだ……
なにやってんだろ俺……って――
そんなにもがんばってる子がいるのに、俺は……自分ができないからって、それを周りを特別だって決め付けることで逃げようとしてる。変えようとすらしないで、変わるときをただただ待とうとしてる……そんな自分に気づいてしまったんだ……
だから……がんばった。必死になってね……
その子に負けないくらい、今度その子に会ったとき……自分の気持ちをはっきりと伝えれるように……ってさ。
いつしか、私の瞳から大粒の涙が零れ落ちていた……
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