「はぁ……」

 思わず、ため息がでた。

少女と別れた後、教会に戻ったノエルは延々と続く自問自答の中にいた。

天癒の巫女と呼ばれる女性は、教会内でもごく一部の人間しか知らぬ存在であり、それゆえにある程度の自由がある。

とはいえ、優れた聖職者であることの多い巫女は、自由とは無縁の世界に存在することが多いが――

「こんなのが……次期神官長候補だなんて……」

 後を約束された位置に立つ自分が、あまりにも無力に思えた。

 自分自身、望んで聖職者になっていたノエルにとっては、望まずに無理やりならされた者の苦しみが理解できない。

 いや、そもそも理解しようとすらしていなかったのかもしれない。

 自分にとって、聖職者とは特別であり、教会は絶対だ。だが、それは所詮自分の中だけの価値観であり、他者に押し付けてよいものではない。

 それでも、ノエルにとってはそれ以外が理解し難いことであり、また認めたくないものだった。

 だからこそ、今まで多くの親を失った子供たちを教会につれてきていた。それが正義であると信じる己のエゴで……

 そして、今になってそれが間違いであったのかもしれないと思いつつあった。

 天癒の巫女である少女、雪音がそうであったように、自らの望む道を自分が潰してきていたのではないかと思え始めていたからである。

 そんなことを、今まで考えたことなどなかった。自分が正しいと信じていたから――

「はぁ……」

 考えれば考えるほど、深みにはまっていく自分に、呆れ以外の何も浮かばない。そんな自分が嫌で、ついついため息が出てしまう。

 何も考えなければ樂なのだろうが、一度巡らしてしまった考えはそう簡単には消えてはくれないものである。

「ノエル?」

 そんな自分を見かねたか、横にいた翼が声をかけてきた。

「どうかしましたか?」

「ん? うん……まぁ、ちょっとね」

 心配そうに自分を見つめる翼に、少し慌てながらも返し、仕事を再開する。

 だが、仕事に集中など出来るわけもなかった。何をしていても浮かぶ少女の顔と言葉。それがつらくて、集中しようとするも、出来ない。

「何があったのかは分かりませんが……私でよければ、何でも言ってくださいね」

 優しく微笑む翼に、取り繕うような笑顔で返しながらも、胸の奥が詰まっているようでしんどい。そして、ふとした疑問が浮かんだ――

「翼は、なんで聖職者になったの?」

「え?」

「いや、うちがアコライトになったとき、一緒になったでしょ? 何でなったのかなって思って」

 浮かんだ疑問が気になって、聞いてみる。それに対して、翼は少し困ったような表情になった。

 そんな姿を見ていると、不安になってしまう。翼もまた……望まずして聖職者となった者の一人なのではないかと――

「自分の全てを捨ててでも、守りたい人がいたから……ですかね」

 しばらく沈黙していた翼だったが、言葉を選ぶようにつぶやいた。

「まぁ、所詮は自分のエゴでしょうけど」

 一瞬、曇ったような表情をしながらも、微笑む翼を見ると胸が痛い。まるで、泣いているように見えるからだ……

 それでも、それ以上は聞いてはいけない気がして、ノエルは口をつぐんだ――

 

 

 

 夜も更け、静まり返った闇の中、業務を終えたノエルは少女のいた場所へと向かった。

 何故かは分からない。今まで感じたことのない気持ちだった……

「さすがにもう……いないわよね」

 周囲を確認して、少し安心したように微笑んだ。だが、その瞬間――

 後頭部に鈍い痛みを感じ、ノエルはその場に倒れこんだ。

「……っ!」

 何が起こったのかすらわからず、目の前が真っ暗になっていく。意識が遠のくのが分かり、なんとか集中して事態の把握をしようとするも、そこで再び今度は首筋に衝撃が走り、力なくその場で崩れ落ちた。

 どれだけの時間が流れたのだろう。あるいは一瞬であったのかもしれない。水滴の落ちる音にノエルは目を覚ました。

「お目覚めかい? ノエル様よ」

 まだ痛む体を何とか動かして、声のする方に振り返る。両手両足が縛られているようで、思い通りに動かない。

 そこには、薄汚れた法衣を身に纏った金糸の髪の男が座っていた。服装を見る限り、プリーストのようだが。

 男は、皮肉じみた笑みを口元に浮かべながら手に持った酒を転がすように、楽しんでいるかのような表情でノエルの方を見つめている。その姿がなんとも厭らしくて、ノエルは吐き気を覚えた。

「あんたは……何者?」

 射抜くような瞳で、その男を睨みつける。だが、相手の方はまるで気にすることもないかのように依然笑みを浮かべたままである。

「聖職者……みたいだけど、何を考えているの?」

「何だと思う?」

「……」

 まるで試すかのように、笑ったままの男が聞き返す。動作の一つ一つが憎らしい。

 ゆっくりと視線を移しながら周囲を確認する。どうやらここは倉庫のようではあるが、他には何も分からない。周囲に男たちは、“見える人数で”目の前に座っている男を含めて7人。そのどれもが同じような格好をしていることから、皆プリーストであろう。

「教会に恨みをもつ聖職者の集まり……かしら?」

 その言葉に、そこにいる男たちの表情がさらに皮肉じみたものになっていく。

 その笑みを見る限り、ノエルの発言は当たりなのだろう――

「だとしたら、どうする? 次期神官長様?」

 次期神官長という言葉を、あえて強調して言い放ち、男は声を上げて笑い出した。その姿は、実に厭らしく……醜い。

 だが、それを言い返す力も、縄を引きちぎって逃げ出す力も、ノエルは持ち合わせてはいなかった。

「……うちをどうする気なの?」

 反吐が出そうなほどむかつくが、あえて下手に出、明らかに恐怖してますといった口調で聞く。

 それが嬉しいのか、弱気な女が好きなのか……男たちは、嬉々として笑みを浮かべ始めた。

「さぁて、どうしてやろうかな」

 周囲の男達が、ほぼ同時に厭らしい笑みを浮かべ始めた。その姿を見るだけで、おおよその相手の思惑には予想がつく。

「な……なんですか……」

 だが、そこはあえて相手の思惑に乗る。そうすることで時間を稼ぎ、なんとか回路を探そうと必死に考えを巡らせていく。

 こういう男というのは単純なもので、従順な者は怖がらせ抵抗させようとし、抵抗しようとする者は力ずくでどうこうしようとする。だからこそ、恐怖のあまり動けない、あるいは恐怖で従順になるしかないといった姿の女を演じることで、楽に誘導することが可能になるのだ。

 それを知るからこそ、自分のプライドをかなぐり捨て……ノエルは従順に振舞うことを選んだ。

 それが上手くいったのか、男達はそれまで以上に色濃い笑みを浮かべ始めていた。

「ヒッ……」

 じりじりと、数名の男達がノエルに向かって歩き始める。それに対し、あからさまに怖いといった表情で少し後づさりしてやる。

「ヘヘヘ……次期神官長様って言ったって所詮ただの女か」

 その内の一人が、厭らしく舌を出し、こらえきれないといわんばかりの声を上げ、他の男達もまた声を上げて笑い出した。

 もはや、目の前にいるのは我を失いかけた、欲望にまみれた男達でしかなかった。これが、自分と同じ聖職者だというから笑えるものである。

 だが――

「やめろ、なにをいいように操られているか――」

 中心に座る男の声が、その男達の動きを一瞬で制した……



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