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夢をみた……

まだまだ、今よりもっと子供だった頃の夢

 

私の前にはお父さんとお母さんの間に挟まれて、両手をつながれ、笑顔の利奈がいて。私は、少し離れたところでそれを見ている。

私の両手には、誰かの手ではなく……多くの荷物があって……

私と三人との間を歩くお兄ちゃんは、時々こっちを振り返っては寂しい表情をする。

私は、その目を見ないように、目が合わないようにうつむく……

そうか、あの頃はまだ――

 

Snowy Twins・・・

 それは、悲しい双子の物語――

 

 

 

「ママ、お菓子買って」

 私の横に立っていた利奈が、お母さんの袖を掴みながら言った。それに対し、お母さんは笑いながら「一つだけよ」と返した。それを聞いた利奈は、満面の笑みを浮かべながらお菓子売り場へと走っていた。

 そんな何気ないやり取りを見つめながら、私は小さくため息をつく。

「利沙は、行かないの?」

 そんな私を見ていた、お兄ちゃんが声をかけた。

「いいの……、私は買ってもらえないから」

もう、きらめたから……そんな言葉が、頭の中をよぎった。

「え……?」

 私の言葉に、お兄ちゃんの表情が曇る。私はそれを直視できず、少しうつむきながら再び小さなため息をつく。

 その姿に、動揺を隠せないでいるお兄ちゃんが、思わず声を出した。

「でも、利奈は……」

「いいの、お兄ちゃんは知らないから」

 半分自棄になりながら、私は振り返り小走りに走り出す。その場から、離れるために。

(そう、お兄ちゃんは知らないの……)

 トイレに入った私は、鏡に映った自分の姿に思わず涙が零れ落ちた。

 そこには、利奈と見分けのつかない、涙に乱れた顔がある。

「ぅ……ぅええ……」

 私と利奈は、双子だ。

 何も違いの無いはずの、一卵性双生児。

 ……それでも、愛されるのはいつも利奈の方。

 

 先に生まれてきた私は……健康にだけは恵まれていて、ほとんど病気なんてしたことがなかった。でも、後から生まれた利奈は……病弱で寝込んでしまうことが多く、お母さんは毎日のように看病におわれていた。

 そんな二人だから……お母さんは利奈に付っきりで、ろくに私のことなんて見てくれなかった。

『利沙が利奈の全てを奪ったのよ』

 いつだったか……看病の疲れで自棄になったお母さんが、お父さんに言っているのを聞いてしまったことがあった。

『あの子は私の子供を不幸にする悪魔よ』

 私のことを悪魔と呼んだお母さんの顔を、忘れることができない。

「でも……でも、私が望んで……私だけ元気なんじゃない……」

 思わず声が漏れた……

 本当は分かっているのだ。健康な体をもって生まれた自分は、幸せだということくらい。

 それでも――

「なんで……なんでなんだって持って行ってしまうの?利奈……」

 悔しい。なにも手に入らない自分が。

 友達も……好きだった人も……。利奈を知られたとき、みんなとられてしまった。

 

 ひとりぼっち――

 

 利奈は何だって手に入る。

 おいしいお菓子も。あたたかい手も。想いまでも……

 私だけが……何も手に入らない……

 いつも――

 どうせいつかなくなるなら……なにも手に入れたくなんて無い……

 愛情なんて――やさしさなんて……いらない。

 

 だから、さっきのお兄ちゃんのほんの小さな優しさが、疎ましかった。

「なにも知らないから、なんだってお兄ちゃんは言える」

 こんな家族の中にあって、お兄ちゃんは一人まったく別の存在だった。

 中学・高校と、県外にある名門進学校へと通っていたお兄ちゃんは、中学から学校の近くにいる親戚の家で暮らしている。それが、先日行われたセンター試験の合格発表で国立大学への進学を決めたことで、春休みを利用してこちらに戻ってきてるだけだからだ。

 そんなお兄ちゃんが、たまらなく疎ましい。疎ましくて、羨ましかった。

「すぐにまた……いなくなるくせに……」
 そんなお兄ちゃんは、大学が始まる一週間後には、そっちへとまた行くことになっていた……

「一人で勝手にどこ行ってたのよ!」

 みんなの所へ戻った私の耳に、お母さんの声が響いた。

(心配なんかしてなかったくせに……)

 それを右から左へながしながら、私はうつむき小さくため息をつく。

 その姿が気に障ったのか、お母さんはさらに声を荒げた。

「素直じゃない子ね、あんたはほんとに!悪いことしたんだからごめんなさいでしょ!」

 そんな母親を一瞥してから小さく頭を下げ、ありきたりの謝罪の言葉を言った。

 それから、台にのってる買い物袋の近くへ向かう。

「……っぅ」

 持ち上げようとした際に、私の手に鈍い痛みが走った。

 もう、中学二年生になったとはいえ、自分の小さな手で持つには、あまりにも重く、大きかった。

「くぅ……」

 歯を食いしばり、何とか持つ。指に食い込むビニールの感触が、ビリビリと締め付け、痛い。額に汗がにじみ出て、瞳に小さな雫がうかぶ。

 何とか体勢を整えて、ギュッと握り締めてみるものの、痛みが治まるどころかどんどん酷くなっていく。

 ふらふらになりながら、それでもゆっくりと歩く。見ると、お母さんと利奈はもう店の外に出ていた。

「はぁ……」

 その姿に、今日何度目かのため息が零れ落ちる。

「利沙、俺持つよ」

 そんな私に、お兄ちゃんが振り返って手を差し出してきた。

「重いだろ?それ」

「いらない!」

 そんな風に、小さく微笑みながら言うお兄ちゃんの顔を睨み付け、差し出された手を力いっぱい払いのける。

(ヤメテ……)

 瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

(モウヤメテヨ……)

 下唇をかみながら、手と足に力を込める。必死に、前へと進む。見たくない。今は何も……

 



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