A Sleeping Damon ~Ro Novel 特別編~

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 はじめて“そいつ”に会った時。月の光に照らされたその金糸の髪が、まるで太陽のように見え、紫暗の瞳は硝子細工のように美しく、その手に握られた剣から舞い上がる血しぶきさえも美しいと思えた――

 戦いの中でしか自分を表現できない自分にとって、その姿はまさに憧れの対象だった……

 自分の姿は今美しいといえるか――?

 血に染まったこの手は、誰かを抱くことができるか――?

 揺らめく炎のように儚く、また壊れやすいその姿はまさに虚構のようだった……

 そして、その出会いはいつしか虚ろな記憶に変わっていく……

 

 

 

「では、クラークその任務をやってきてください」

 朝早くにギルドマスターに呼び出しを受けたクラークは、新たなる任務を受けた。

 ディスタンスに所属するクラーク達は、ギルドマスターであるエルシェの命令には絶対服従である。ゆえに、その任務は何をおいても遂行しなければならない。

「――御意」

 一寸のためらいの後に、クラークは目を閉じたまま答えた。

 もともと教会の裏の組織に所属し、それらの任務をこなしてきたクラークにとっては、ディスタンスから与えられる任務はそのころとほとんど変わりのない日常でもあった。

 とはいえ、一月ほど前から任務から任務へ、ほとんど休む間もなく続いている現状から、体にも疲労の色が出始めていた。

 どんな組織に存在していても、やはりクラークも一人の人間であることに変わりはないのだ。

「すみませんね……押し付けるばかりで」

「え?」

 不意に、エルシェが、クラークを見つめながら呟いた。

 その瞳は目深に被られたフードで見えないが、雰囲気が泣き出しそうな姿を現しているかのようだった。

 もともと、任務を下す立場にあるエルシェが、ギルドメンバーに対してこのような言葉を言うことはほとんどない。

 そのため、突然のことにクラークも多少の驚きを隠せないでいた。

「いえ、かまいません。我らの任務ですから……」

「……」

 そう答えてから、クラークは立ち上がり「失礼します」とだけ挨拶してその部屋を後にした。

 その後姿を見つめながら、エルシェはなんともいえないような表情になった。

「貴方の……仇でもある私たちを……か」

 

 

 

「ルビー?ヴァッツ?」

 自室に戻ったクラークは、室内を見回してみる。だが、そこには誰もおらず自分の言葉に対しても返事はなかった。

「こんな時間から出かけているのか?」

 壁にかけられた時計に目をやる。時計の針は、7時半を指していた。

 しかたないかといった表情で、クラークは自室を出て倉庫ヘと向かった。

 カチャリと音を立て、倉庫のドアを開く。

 そこには、世界各地からそろえられたありとあらゆる武器や道具が置かれている。

 その中から、一本のチェインとバックラー、数種類の消耗品を取り出した。そこで、壁にかけられたサングラスが目に入った。

「今回は……顔を隠す必要はないな――」

 そう呟いてから、倉庫を出た。

 再び自室に向かって歩き出したクラークは、ふと視線を感じて立ち止まった。

「……」

 辺りを見渡してみるが、何もない。

(気のせいか……)

 

 再び自室のドアを開いたクラークは、先ほど持ってきた消耗品を鞄の中にいれ、イスに腰掛けた。

 今回の任務は、一人でいく任務ではなく、二人で行くようにとマスターから言われている。

 もう一人の指定はなく、好きなメンバーを連れて行けばいいということなのだが、クラークはいつも通りルビーかヴァッツと行こうと思い二人のうちどちらかと会うのを静かに待つ。

(ルビーはともかく……この時間にヴァッツがいないというのは気になるな……)

 朝の苦手な……というより、寝ている時間が一日の大半を占めているヴァッツが、こんな時間から行動をしているというのは、非常に気にかかるところだった。

(夢遊病で眠りながらどこかに行った……なんてことはないよな――)

 などと、自分でつっこみたくなるようなことを考える。

 だが、完全にそれを否定できないヴァッツが相手では、そんなこともおかしくないように思えた。

(ヴァッツ……だからな……)

 そこまで考え、シャワーでも浴びようと浴場へと向かう。そこで……

(まさか……な――)

 クラークのよみは、まさに現実となっていた――

 

 

 

 浴場で立ったまま眠っていたヴァッツを起こし、任務の説明をすると、ヴァッツはあからさまに嫌そうな顔をした。

「この眠い時間からいくのかよ……」

「あぁ、そうだ」

「絶対イヤなんだけど……」

「お前の意思など聞いていない」

「なんだよそれー」

「いいから、さっさと用意しろ」

「うわ、ひでぇ」

「うるさい」

 などという会話をし、ヴァッツはしぶしぶ用意を開始した。

 用意をする間にも、静かになったと思ったら眠っていた、ということが何度もあり、「人選を誤ったか?」などと思いつつも、クラークは自分の用意を淡々と済ましていった。

 あらかた準備が終わったところで、再び倉庫に向かう。そこにあった杖を一本とり、振ってみる。空を切る音はいつも通りの綺麗な音が鳴り、うまく手入れされていることがわかる。

 もともと、ディスタンスはこういった装備の手入れは数名の雑務班に任せているのだが、それらのメンバーも手を抜いていないということを再認識させられた。

 それだけでも、マスターであるエルシェの偉大さが伝わってくるような気がした。

(だが……だからこそ俺は――)

 杖を握り締め、倉庫を出る。帰り際に、数本の白ポーションを取り再び自室へ。そこで、準備を完了させて再び眠りについているヴァッツをたたき起こし、砦の外に出た。

「行くぞ――」

「あいよ」

 手に持ったブルージェムストーンを地面に投げ、呪文の詠唱に入る。次第にブルージェムストーンから光が放たれ始め、それは次第に大きくなっていく。

「彼の地とを繋ぐ道を!ワープポータル!」

 クラークの言葉と同時に光の扉が現れ、ヴァッツがその中へと入っていった。

 ヴァッツが完全にその扉に入ったことを確認してから、クラークもまたその扉に向かって一歩を踏み出す。

「……ちっ!」

 その時、右腕に違和感を感じクラークは顔をしかめた。

 だが、今はそんなことにかまっていられる状態ではない。

(まぁ……どうでもいいか――)

 腕のことが気にかかりながらも、クラークは扉の中に入った。

 

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