金糸の天使

<1>

 

「きゃっ」

「チビ!」

 不意をつかれ、背中に激痛が走る。一瞬、何が起こったのかすらわからないまま少女はその場に倒れ伏した。その背から、黒ずんだ赤い鮮血が流れ出る。

 その姿に焦りつつも、もう一人の女性もまた周囲を囲まれ動けない。

「ちぃ!」

 女性は舌打ちし、周りの男たちを一瞥する。先ほどから何人も倒しているというのに、まったく減っている気配が無い。大体の目算でも、十を超える数。

 そこで、一向に立ち上がらぬ少女を見やる。その体は、完全に沈黙し動かない。

「うそ……だろ?」

 脳裏によぎる幼き日の想い。そして、失ってしまった父――

「うわぁぁああ」

 半狂乱になりながら、その手に握り締めた鞭を振るう。その口からは、もはや声とならぬ声が漏れ、動いている物全てを標的として暴れている。

(なぜ……)

 何度と無く体を裂かれ、激痛が襲うが、痛覚が麻痺しているかのように女性は暴れ続けた。いつしか、周囲を取り囲んでいた十数人の男たちは、全てその場に倒れ動かなくなってしまった。

「ティチエル……おい!」

 自分の体から流れる血を拭うことすらせず、いまだ動かぬ少女の元へと向かう。ふらふらとしたその足取りは、まるで定まっていない。

「冗談……やめろよ……」

 声が震え、視界が定まらない。ぼやけた瞳に写るのは、ついさっきまで共にいて、自分の名を呼びながら笑っていた少女の姿。

 なんとかその少女の元へ辿り着き、少女の体をゆするが、ピクリとも反応が無い。

 何度となく声をかけ、その名前を呼ぶ。

「チィチエル!ティチ……エル」

 だが、依然閉じた瞳は開くことが無く、その口が自分の名前を呼んでくれることも無い。

 次第にぬくもりを失っていくその手を硬く握り締めるが、力なく投げ出されたその手は握り返してきてはくれない。

 それでも女性は、その手を握り、その名を呼び続けた。

 

 あんたのこと……嫌いじゃなかったんだよ?

 

 出会いは突然だった。

 いつもいつも邪魔をする、二人組「ほおひげ団」に絡まれていた少女を助けてからだ。

 その少女は、とても綺麗な金糸の髪と、美しいサファイアの瞳をしていた。そのか細い体は、吹けば飛びそうで、明るく愛らしい微笑みはまるで天使のようだった。

 それだけで終わると思った関係は、思いもよらぬ展開を見せた。

 それも全ては、アクシビターの支部長のせいなのだが。

「ったく……」

 口では嫌がりながらも、そこまで嫌ではなかった。

 たしかに、少女と会ってから不運が続いたし、何度と無く別れたいと思ったものだが。それでも、少女の無条件の信頼と好意は嬉しかった。

 いつだって一生懸命、それでいて天真爛漫な性格。そんな少女と共にいるのが、いつしか当たり前になってさえいた。

「お姉さんは、ティチエルのことどう思ってるの?」

 そんな折、少女から聞かれた言葉は、まるで告白のようだった。

 恥ずかしがることすらなく、真面目に聞く少女の気力に押されそうになりながらも、テレ臭くて私はそっぽを向いて、

「ドジで困らせてばっか」

 そんな事を言ってしまった。それに対して、少女の方は頬をまるで風船のように膨らましてしまう。

「でも……」

「え?」

「嫌いじゃない」

 そんな姿が愛らしくて、私は恥ずかしい言葉を言ってしまう。

 そんな私に、すっかり機嫌をよくした少女が力いっぱい抱きついてきた。それをちょっとめんどくさそうに離してから、一度頭をなでてやる。

 それをまるでネコのように嬉しそうに微笑む少女に、一度だけため息をついてから笑みを向けてやる。

「さぁ、いくよ」

「はい!」

 短く言ってから、二人は歩き出す。



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