aspberry ~Ro Novel 特別編~

 

 白銀の雪が、まるで天使の羽のように舞い落ちる夜。一人の少女が、凍える手をこすりながら歩いていた。淡紅色の髪を風になびかせながら歩くその少女は、綺麗に包装された箱を大事そうに持ち、うれしそうな表情で目的地に向かって進んでいる。

 今日は、クリスマス。ここ、ルーンミッドガッツ大陸でも多くの人々がこの聖なる夜を祝い、来る次の歳への期待に胸を膨らましている。それは、首都プロンテラから少し離れた位置にある衛星都市イズルードでも同じで、普段は人通りの少ないこの場所も、多くのカップルが所狭しと愛を語り合っている。

 そんな周囲を横目で見やりながら、少女はさらに進む。町の出口へと続く橋を渡り、外に出る。普段はノービス達と激戦を繰り広げているポリンたちも、今日ばかりはおめかしをしているのか頭に小さなサンタの帽子をつけたものが幾匹か見える。

「あっとすっこしぃ」

 ポリンに笑顔を向けながら、一気に坂を下りる。そこにはひときわ大きな一本の木が立っている。

 その木を中心に、たくさんの人たちが集まっているのが少女の瞳に映る。

「こんにちは!」

 満面の笑みでそこに現れた少女に、その場にいた誰もが微笑みを浮かべた。

 

 そこは……伊豆木――

イズルードから西に少し行ったところに立つ、一本の木を中心に集まる者たちの憂いの場所――

そこには、いつもたくさんの笑顔があふれ……

幸せそうに笑う人たちの声が、まるで天使の歌声のように響く……

 

 

 

「やぁ、さとちゃん。メリークリスマス」

「メリークリスマスみんな!」

 さとちゃんと呼ばれた少女――郷華は、ペコリとお辞儀をしてからいつもの場所に腰掛ける。キョロキョロと見回し、その場に集まっている人たちを確認する。伊豆木ギルドマスターである女性マミアを中心に、たくさんの人たちが集まってきていた。

そうこうしていると、その中の一人、サングラスをかけたセージの少年が郷華に向かって歩いてきた。

「郷華、クリスマスプレゼント」

 そう言って差し出されたのは、ちっちゃなペンダントだった。

「ありがとう、綾。大事にするね」

「ああ、お前は……ないんだろ?」

「ふふふ。だって、私は特別な人に出すのしか用意しないんだもん」

 そう言って自分の持っている箱を見つめる。これは、郷華が一生懸命考えて用意したある人へのプレゼントである。

「まぁ、ここに持ってきちゃうと色々勘ぐられるってことくらいわかってて持ってきてるんだろうから……僕からはなにもいわないけどね」

「ふふふ、それでいいよ」

 そう言ってから、少年――綾の肩をたたき少し離れた位置にいるチャムチェの方に目配せする。

「へいへい、わかりましたよ」

 チャムチェは、最近伊豆木にやってきた新入りの少女で、綾の彼女である。「クリスマスくらい、自分ではなくそちらを大事にしろ!」という、郷華なりの優しさであった。

 綾を押しのけ、もう一度周囲を確認する。

 こんな時にまで、他の女性をナンパしてマミアに睨まれているチャド。ワインを片手に、寝息をたてているまひる。本を開いて読書をしているように見えて、こちらと目があい慌てて本で顔を隠したカッチェ。

 それ以外にも、たくさんの人たちがいる。その中に、探していた一人の男性を見つけ出し郷華は立ち上がった。

 

「ますたー」

 来た時以上の満面の笑みでますたーこと、優哉のもとへ向かう。

「メリークリスマス」

「あぁ、郷華さんも」

 そこまで挨拶をしてから、優哉の横にいるカラプルコに目がいった。

「えっと、プルさんメリークリスマス」

 一瞬硬直しそうになりながらも、なんとか自分を保ちつつ笑顔で挨拶をする。

「あの、ますたーあのね」

「ん?あぁ、ごめんちょっと後でいいかな」

「え?」

「いや、その……な、プルと一緒におるから」

 その言葉を聞いて、目の前が真っ暗になったような気がした。

「そ……か、そう……だよね。恋人……だもんね」(※1

「ん?あぁ、そやね」

 郷華の腕が、カタカタと音を立てて震える。

「……か」

「ん?なに?」

「ばか!」

 郷華の声が響き渡り、瞬間的にその場を静寂が満たした。

「え……」

 何が起こったかわからないでいる優哉を睨みつけてから、郷華はポケットから蝶の羽を取り出した。

「バイバイ!」

 蝶の羽が光を放ち、郷華の体を包み込む。それと同時に郷華の姿がその場から消えた。

 伊豆木メンバー達は、何が起こったのかわからないまま、互いを見合すことしか出来なくなっていた。

「……カッチェさん」

「え?」

 静寂がその場を支配する中、綾が口を開いた。

「あいつ……たぶんあそこだから――ゲフェンのワープポータルとかあります?」(※2

 その問いに対して、カッチェが首を縦に振る。

「出してもらってもいいですか?」

「おいかけるの……?」

「はい、僕がいかなきゃ……きっと誰もいけないから……そしたら、あいつきっと一生独りぼっちになっちゃうから……」

「私も行く!」

 そう言って、カッチェが地面にブルージェムストーンを放り、口早に詠唱を唱えた。

「すいません、行ってきます」

 口元に小さな微笑を浮かべながら、綾はその扉に入っていった。

 後を追うように、一度頭を下げてからカッチェもその中に入る。

 

 

 

 ゲフェンから北に進んだ山の上に、風車小屋が見える小さな展望台がある。

 一年中薄い雲に覆われたその場所は、非常に綺麗な景色が見え、小さなことで悩んでいる自分を嘆くにはもってこいの場所に思えた。

「はぁ……」

 ついカッとなってこんなところに来てしまったが、今では頭の中が後悔で一杯になっていた。

 それでも、いまさら一人で帰ることもできない……

(なにやってんだろ……私)

 こうなることは、わかってたことだった。

 そして、自分じゃないことも――

「はぁ……ほんとにだめだな、私って」

 愚痴が口をついて出る。そして……涙も――

「全く、だめだめだよお前は」

「え……?」

 声が聞こえ振り返ると、そこにはよく見知っている二つの顔が並んでいた。

「ったく……」

 そういいながら、綾は郷華の横に腰を下ろした。

「ほんとお前は昔から……かわんねぇよな」

「……」

「まぁ……それがお前なんだからしかたないけどな」

綾の手が伸び、郷華の体を抱き寄せる。

「でもさ……お前がいなくなったら悲しむやつがいるんだぜ?」

「……」

「他がどうであれ、僕がいる……それじゃだめか?」

 泣いてる子供をあやすような優しい声で言い、できるだけ優しく郷華の髪をなでた。

「でも……」

「ん?」

「でも……でも綾は違うの!」

 ぼろぼろと涙を流しながら叫ぶ郷華に、綾は一瞬ビクリとなった。

「綾は……綾にはチャムっちがいるの!私じゃ……だめなの……」

「……」

「私はいつか……いつかいらなくなる……一人は……一人はイヤ!」

 叫びが嗚咽になり、郷華はその場に突っ伏す形になってしまう。

「チャムっちがいる……いるじゃない……っ!誰も私を必要となんかしないの、私なんていなくても一緒なの!」

 

 パンッ!

 

 頬に鈍い衝撃が走り、郷華は目を見開いた。

「いい加減になさい!」

 そこには、怒りを露にしたカッチェの姿があった。

「その言葉に何人の人が悲しむと思ってるの!」

「カ……ッチェ……?」

「郷華さんいなくなって、何人の人が泣くと思ってるの!」

 そういいながら、カッチェの瞳は涙が溢れている。

「郷華さんに置いてかれて……私はどうなるの?」

「え……?」

「私は……郷華さんいなくなるのイヤだよ?」

「……」

 そこまで言われて、ようやく落ち着いたのか郷華は黙って夜空を見上げた。

「寒いな……雪も降ってるし――帰ろうぜ?」

「……うん」

 

 

 恋は、いつも甘くはなくて……

 すっぱさも含んだラズベリー

 

 それでも、そのすっぱさが少女を乙女へ、そして大人の女性へと成長させていく

 白銀の雪と共に降り注ぐクリスマスの奇跡と、暖かな想い

 願わくば、あなたと貴方の大切な人に……

 たくさんの幸せと微笑みが降り注ぎますことを

 

 

 

          1 このときはまだ、優哉さんとカラプルさんは結婚していませんでした。

          2 本作では、蝶の羽の効力はセーブポイントに帰還ではなく、蝶の羽に記憶させた場所に飛びます。


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