get dead-drunk 〜Ro−Novel特別編〜
♪
「優哉!」
太陽の陽がサンサンと照りつける昼下がりの伊豆木で、優哉に向かってピシリと人差し指を立てた飛鳥が詰め寄っている。
「今日こそ決着をつけようぜ!」
「……またかい」
今日こそという言葉に少し疑問を持ちつつも、優哉は振り返った。
「あのなぁ……今日くらいはゆっくりできんのか?」
多少呆れたような声で、優哉が問い返す。
「今日だからこそだろ!」
というのも、今日は1月1日、元旦である。ルーンミッドガッツ大陸でもお正月は、新たなる年の始まりとして盛大に祝われる。ここ、伊豆木においてもそれは変わらず、朝から多くのメンバーがお酒や餅といった祝いの品を持ち寄りにぎやかに騒いでいた。
「そう!元旦……正月!とくれば酒!」
「は……?」
そう言って上げられた飛鳥の腕には、抱えきれないほどの酒がもたれていた。
「オレは今まで……ずっと優哉に勝てなかった理由がわかった――」
そこで、急に飛鳥の表情が硬くなる。
「一度たりとも……オレはオレにとって有利なケンカをしなかったからだ!」
「えっと……魔力戦とか……あきらかにお前の方が……まぁ、いいか」
「だから!オレは考えたのさ!優哉にとって不利な勝負をすればいいんじゃないかと!」
「……結局、それによる勝利は意味がないと思うが……」
優哉の声など、全く聞こえないかのように語る飛鳥を横目で見ながら、少しはなれたところで一部始終を見ている柚葉に目配せする。が、こちらの方も「だめだこりゃ」とでも言いたそうな表情で手を上げている。
「そう!優哉は酒に弱い!」
「……うむ?」
「そして、都合のいいことに今日は正月!これはもう飲み比べしかないじゃないか!」
その言葉を聞いた時、優哉は意識が遠のきそうになった。まさか、ここまで圧倒的な勝負を持ちかけられるとはと……
「……」
「まさか逃げたりしないよな!」
「……逃げさせてください」
「おい!」
優哉は、一切といっていいほど酒が飲めない。
「逃げんじゃない!」
「いやじゃ!したくねぇ!」
「断る!」
「それを断る!」
いつしか、飲み比べのはずが口げんかになりそうなのを見かね、柚葉が止めに入った。
「まぁまぁ……とりあえず、勝負はいいとしてだ。他の者を全員置いて話をすすめるな」
飛鳥の持っている大量の酒を取り上げ、適当に腰掛けさせる。
「せっかくだし、飲み比べもかねてみんなで飲もうぜ」
そう言いながら適当に見繕った酒の栓を開ける。それから、伊豆木のメンバーを集めていった。
「なぁ、みんな」
その言葉に、そこに集まっていた者たちが一斉に首を縦に振った。
「ちぇ……まぁ、ゆずが言うんだったらそれでいいや。けど、オレはぜってー一番になってやるからな!」
「よし、それじゃ他のヤツにも配るぜ?」
そう言って、他のメンバーに酒を配っていく。
「と、お前ら三人はダメだ!」
雪乃に渡そうとして、ハッとなる。雪乃、郷華、チャムチェの三人は未成年なのだ。
「なにさー!ゆずだって未成年の頃から飲んでたじゃない」
「うるっさいわ!」
自分の元にお酒が来なかったことで、郷華がまるで風船のように頬を膨らませ抗議する。
「ケチ!」
「ケチで結構。飲ませません!」
それから、近くにあったミルクを数本取り、郷華に手渡す。
「とりあえず、コレでも飲んどけ」
「ムキィー!ゆず!おこるよ!?」
「はっはっは」
顔を真っ赤にさせて怒る郷華に、微笑んでから柚葉は輪へと戻っていった。
「んじゃ、はじめようか?」
「おう!」
―数分後―
「……」
「……」
「んー…」
伊豆木のメンバーは、酒を片手に輪の真ん中で眠っている飛鳥を見下ろしながら沈黙している。
「まさか……一番最初に飛鳥が落ちるとは……」
飲み比べを始めて数分で、飛鳥はすでに酔いつぶれて眠ってしまっていた。
それもそのはずである。開始した時点で、すでにかなりの量を飲んでいたのだ。そんな状態で、体を激しく動かした上にさらに酒を口に運んで平然としていられるはずがない。
「まったく……」
その姿に呆れながら、自分の手に持った酒を口に運ぶ。口に広がる、小さな苦味と果物の香りに目を細めながら、じっくりとその味を楽しむ。それから、ゆっくりと目を閉じる。
(そういえば……始めて酒を飲んだのは貴女と一緒でしたね……)
昔を思い出すと、浮かんでくるのは青空のように輝く美しい髪の女性。始めて酒という物を口に運んだとき、こんな苦いものを二度と飲むものかと思ったものである。それが、いつの間にかクセになり、苦さが美味さに変っていった。
「悲しみは……酒と同じなのかもしれない……」
「ん?」
柚葉の言葉に、隣で酒を飲んでいる優哉が振り向く。
「苦く、つらい物だが……いつしか、それも薄まって楽しみに変っていく」
雪音が死んでしまったあの日。いや、今でもだか……悲しみに暮れ、守れなかったという後悔の念のみが自分の心を満たした。それでも、時がたつにつれその苦しみが少しずつ薄れていっているのがわかる。特に、雪乃と出会ってから……
「どんなに苦しいことも、いつか楽しかった思い出に変っていく……」
決して忘れることの出来ない過去。でも、それはいつしか思い出として美しい記憶へと変っていく。
「そだなー」
優哉の口元に、小さな笑みが浮かぶ。
「それが、人だろ?」
「……そうですね」
返事をしてから、柚葉は立ち上がり、未だにグチグチと言っている三人のもとへと向かう。
「せっかくの正月だし……一杯だけだぞ?」
「わーい」
三人それぞれの手にあるグラスに少しずつ酒を酌んでいく。
「お酌は……綺麗なお姉さんの方が絵になるんだろうけどな」
「ぁ、じゃあ私がしたげよっか?」
「お前みたいなガキの酌はいらん」
「ひっどー!」
子ども扱いされ、郷華がまた頬を膨らませる。そして、それをなだめる雪乃の顔には笑みが浮かんでいた。
そんな雪乃の頭に、手を乗せる。それに対して雪乃の方は不思議そうな表情で柚葉を見つめ返してきた。
「心配するな、みんなすぐに大きくなるさ」
そう言って、柚葉はうれしそうに笑った――
「時は、常に前に進むんだからな……」
一年一年、確実に前へと時は進んでいく。いつだって――
皆様の、今年一年が幸多き一年でありますことを……